第893話 開封、愛妻弁当

 午前の授業が全て終わり、昼休みとなった。

 クラスメイトの半数くらいが教室から出ていき、一哉、健太郎、香織さんが俺の席に集まり、教室から出ていった俺の隣の女子の机を俺の机に合わせる。

 机をくっつけたタイミングで杏子姉ぇと茜もやってきて、いつもの六人でふたつの机を囲うようにして座る。

 みんなが弁当やコンビニで買っていた物を机に置いたので、俺も自分のカバンから保冷袋を取り出す。

 俺の出した袋が変わっていることにみんなが気づいて、代表して杏子姉ぇが俺に声をかけてきた。

「あれ? マサのお弁当袋がいつもと違う」

「ホントだね。犬が描かれてて可愛いし、なんか真人には似合わないね」

「悪かったな似合ってなくて」

 それは俺もわかってるから。というか俺がひとりで選んだらこの袋は選ばないってわかってそうな気がするけど。

「てか綾奈さんがそれを選んだんじゃないか?」

「うん。僕もそうだと思う」

「正解」

 さすが、親友ふたりはすぐにわかったみたいだな。

 俺は袋のファスナーを開け、弁当箱を取り出した。

「あれ? 袋だけかと思ったらお弁当箱も違うね」

 香織さんも毎日じゃないけどこうやって一緒に食べてるから気づいたみたいだ。

 俺はみんなにこの弁当箱と弁当袋、そしてこの中には綾奈が作ってくれた弁当が入っていることを説明した。

「え、じゃあその中愛妻弁当なの!?」

「そ、そうだよ」

 杏子姉ぇが大声を出したことで、この教室に残っているみんなの視線が俺に集まった。

 なんか一気に食べにくい空気になってしまったな。

「俺も一度だけ綾奈さんが作った弁当を見たことあるけど、確かに見た目綺麗だったし美味そうだったな」

「前回の合同練習の時のな。めちゃくちゃ美味かった」

 前回の合同練習の時はまだ付き合ってなかったけど、ひょんなことから食べる機会が巡ってきて、卵焼きをひとつだけ食べたんだけど、そのひとつだけで俺の胃袋は綾奈に掴まれてしまった。

「あの時千佳さんがいい仕事をしてくれたからな。おかげでいいものが見れたよ」

「……お前、笑ってたもんな」

 綾奈が卵焼きを俺の弁当箱に入れようとして、千佳さんが綾奈の手首を掴み物理的に阻止して、綾奈の手を動かし、卵焼きを掴んだ箸を俺の口近くに持ってきて、間接的に綾奈に食べさせてもらったわけなんだが、一哉のやつはプルプルと震えながら笑っていたっけ。

「えーなになに? 面白そうな話っぽいし、教えてよかずっち」

「私も知りたい」

 この話に興味を持ったのは杏子姉ぇと香織さんだ。

 あの時、杏子姉ぇはまだ東京にいたし、香織さんは友達ではなくただの内気なクラスメイトってことしか知らなかった時期だったもんな。

 茜と健太郎がこの話に食いついてこないってことは、きっとそれぞれ一哉と千佳さんから聞いているとみて良さそうだな。

「いいですよ。あれは───」

「待った俺が話す。なんか一哉は話を盛ったり変に誇張したりしそうだから」

「あれは面白かったしな。千佳さんとあの場に巡り会えたラッキーに感謝したいくらいだ」

「ちょっとは否定しろよ! まぁ……千佳さんに感謝って部分は俺も同じだけどさ」

 千佳さんの咄嗟の選択がなければ、俺はあの場で綾奈からのあーんは受けられなかったのは紛れもない事実だからな。

 めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、それでも幸せは感じれた。

 自分の中で思い出して幸せがどんどん溢れ出るけど、杏子姉ぇからの『早く話せ』の圧が重くなってきたので俺はあの時のことを話した。

「へぇ……付き合う前ってことは、今よりもウブウブなアヤちゃんが目に浮かぶよ。可愛かったんだろうなぁ」

「顔が真っ赤になってて、めちゃくちゃ可愛かったよ」

 オロオロしていて……ふふ、すっげー可愛かったなぁ。

「真っ赤になってたのはお前もだろ」

「……あれで赤くならない方がどうかしてるだろ」

 最初は綾奈の意思じゃなかったとはいえ、好きな人からの突然のあーんだぞ? ドキドキしないわけがない。

「……ねえねえ真人。早くそのお弁当箱開けてよ。綾奈ちゃんの作ったお弁当、早く見たいから」

 お茶を飲んでいた茜から催促された。重箱の中の食材が半分以上消えている。話に参加していたのに短時間でそれだけ食べれるとかすごすぎだろ。

 まぁ、この中を早く見たい気持ちは俺が一番強い。これ以上はちょっともう我慢できないので、俺は上蓋を持ち、ゆっくりと弁当箱を開けた。

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