第878話 真人のクラスに珍しい客

 翌日の五月三十一日の水曜日の昼休み。

 みんなと昼食を食べ、談笑しながら俺は『あと数時間で綾奈と一緒に弁当箱を買いに行ける』とウキウキしながら考えていたんだけど、予想もしていない来客がこの教室に入ってきてウキウキが驚きに変わった。

「昼休み中すまない。中筋はいるか?」

 教室にいた他の人も、まさかすぎる人の登場におしゃべりをやめて、その人を見てザワザワをしだした。

「あ、カイチョーじゃん! どしたの?」

 そうのんきに手を挙げて言ったのは杏子姉ぇだ。

 そう、杏子姉ぇの言ったように、このクラスに入ってきたのは、風見高校生徒会長の神郷こうざとあきら先輩だ。

 俺と同じくらいの身長に整った目鼻立ちだが、あまり笑った顔を見せないと言われている人だが、実際は生徒の悩みを親身になって聞くとても優しい生徒会長だと聞いたことがある。

 もちろん俺は会長と話したことはこれまで一度もない。

 そんな神郷会長は咳払いをしてから杏子姉ぇにこう言った。

「す、すまない。君ではないんだ中筋姉」

 あの会長が杏子姉ぇと目を合わせていない。なんか微かに照れているようにも見える。

 もしかすると、会長も杏子姉ぇのファンなのかもしれないな。

 …………ん? 杏子姉ぇに用事があったんじゃないとすると───

「君の弟に話があってここに来た」

 教室にいた全員の視線が一気に俺に集まる。

「お、俺……ですか?」

 そんな文字通り注目の的の俺は、自分を指さし、なんともマヌケな声と顔を晒してしまった。

 というか普通思わないだろ! 俺みたいな一生徒に生徒会長が用があってしかも直々にクラスに出向いてくるのなんて!

「そうだ。時間は取らせないから、ちょっとついてきてくれないか?」

「えーここで話さないの?」

 杏子姉ぇはなぜか面白くなさそうに会長に抗議している。

 というかこんな時まで面白いとか面白くないとかで判断しないでほしい。

「人目がいっぱいでは話しにくいこともあるからな。とにかく特に予定がないのならついてきてほしい」

「わ、わかりました」

 俺はゆっくりと席を立ち会長の方へと歩を進める。

 その時に杏子姉ぇが「カイチョーの話なんて大体わかるんだけど」と言っていたのが聞こえた。

 会長の要件を杏子姉ぇに教えてもらおうと思ったけど、既に会長はこの教室を出てしまっていたため、俺は小走りで教室を出て、会長の少し後ろを歩く形でついていった。


「ここだ」

「ここは……生徒会室、ですか?」

「そうだ」

 会長に連れてこられたのは生徒会室だ。

 俺はここに連れてこられた意味がマジでわからなくて混乱する。

 俺、会長に目をつけられるほど何かやった?

 問題行動を起こした記憶はないし、成績も悪い方ではない。

 杏子姉ぇのいとこで、『真人神様』と呼ぶ後輩がいて、婚約者がいるから目立つ存在というのは俺自身理解している。

 だけどそれで会長に呼び出されるのもおかしいよな?

 俺がアレコレ考えていると、会長は生徒会室の扉を開けて「入ってくれ」と言った。

 初めて見た生徒会室は、見える範囲にあまり物は置かれていなくて綺麗な印象だ。

 一番奥の机が会長の机で、手前の両サイドには長机が置かれている。ここで生徒会役員が会議をしてるんだな。

「ん?」

 俺から見て左側に座っていたのは、ロングの青色の髪をポニーテールにした美人な女子生徒……確か副会長の萩生はぎゅう有紗ありさ先輩……だったかな?

「とりあえず入ってくれ」

「は、はい。失礼します……」

 俺は緊張しながらも、ゆっくりと生徒会室に入った。

 俺が入ったのを確認すると、萩生副会長は立ち上がり、タタタッとちょっと可愛らしい小走りで俺に近づいてきた。

「ようこそ生徒会室へ。わたしは副会長の萩生有紗。よろしくね中筋君」

「は、はじめまして。中筋、真人です」

 副会長は握手を求めてきて、綾奈に悪いと思いながらも、先輩の……ましてや副会長の握手を拒むことはできないので、心の中で綾奈に謝りながら俺は副会長と握手を交わした。

 握手をしていると、会長がゆっくりと扉を閉めた。

「有紗。悪いが中筋に何か飲み物を用意してやってくれないか?」

「そう言うと思って既に用意してあるわ。中筋君、アイスコーヒーで良かったかしら?」

「は、はい……」

 このおふたり、なんか仲良さげだけど、確か付き合ってるんだっけ? 会長たちの話はほとんどしないけど、茜と杏子姉ぇがそんなことを言っていたような気がする。

 綾奈と中村の、もしかしたら起こりえたかもしれない未来なんてつまらない想像をして自分の心にズキリとダメージを負っていると、会長が俺に声をかけてきた。

「まぁなんだ。とりあえず適当に座って……どうした?」

「い、いえ、ちょっとつまらない想像をしただけなので、お気になさらす」

「そうか? ならいいが、とりあえず座ってくれ」

「は、はい」

 俺はどこに座るのかちょっと悩んで、副会長とは逆側に座ることにし、俺が座ったのを確認した服がアイスコーヒーをテーブルに置いてくれた。ポーションミルクとガムシロップも付いている。

「ありがとうございます」

「どういたしましてー」

 副会長はにこっと笑い、自分の指定席に腰掛けるかと思ったんだけど、なぜかその場にとどまり俺を……俺の左手をじっと見ていた。

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