第879話 指輪が気になる副会長

「杏子ちゃんから聞いていたけど、左手の薬指にしてるのって、婚約指輪なのよね?」

 やっぱりこの指輪を見ていたんだ。

「やっぱりそれって、噂の高崎高校にいる婚約者さんから貰ったのよね!?」

「そ、そうですね」

 他に誰がいるってんだ。というか綾奈の存在はこの学校の生徒のトップも知るところとなっているのが驚きだ。杏子姉ぇが言ってるのは副会長が言ってたけど……。

「え~いいないいな~! わたしも指輪欲しい!」

 そう言いながら会長を見る萩生副会長。期待のこもった……むしろ期待しかこもってないようにも思えるその視線を受け、神郷会長は目を…………逸らした。

「あー! なんで目を逸らすのよ!」

「……」

 会長は何も言わなかったけど頬はもちろん耳まで真っ赤になっているから、きっとめちゃくちゃ照れているだけだ。裏を返せばそれだけ副会長が好きという証拠でもある。

 まぁ、俺がいる場所で明言するのも恥ずかしいよな。気持ちわかりますよ。

「ねえ中筋君! 何か言ってやってよー」

 そんな無茶な……。

 というか俺の肩を持って揺らさないでください……。

 俺は副会長が肩を話すのを待ってから言った。

「ま、まぁ、男はそういうの照れちゃう生き物なので。まして俺がいる場所ならなおさらです。会長はちゃんと副会長を好きですから安心してくださいよ」

「ふ、ふ~ん。でも婚約者がいる中筋君がそう言うならきっとそうなのね」

 副会長は信じてくれたようでこれ以上会長を追い込むことはなさそうで、頬を赤らめながら自分の席に戻っていった。一安心だな。

 初対面の俺の言葉を信じすぎな気もするけど……。

 でも、女性ってこういう話を他の人がいる場所でもわりと平気でするものなのかな?

 指輪を渡す時、俺は誰もいない観覧車の中だったけど、綾奈は翔太さんと麻里姉ぇをはじめとするドゥー・ボヌールのスタッフさんと千佳さんがいる前だったし。う~ん……。

「すまん中筋。助かった」

「い、いえ。お気になさらす」

 そもそも俺がここに来なければ出なかった話題だからな。

 ……あれ? でも俺をここに連れてきたのは会長だから、出るべくして出た話題な気もするが……まぁいいや。気にしないでおこう。

 それから、副会長のあの反応からして、校則云々を言われることはないと思う。が、俺もそこについては気になっていたから、いい機会だからちょっと聞いてみることにしよう。

 俺はミルクとガムシロをコーヒーの中に入れ、マドラーでかき混ぜて、校則について話を切り出した。

「あの、この指輪って校則的にセーフ、なんですかね?」

「ん~、うちの校則ってそこまでガチガチじゃないし、担任の先生や風紀委員が何も言わないのならセーフじゃない? ね、晃?」

「そうだな。俺もそこについてとやかく言うつもりはない」

「そもそも婚約指輪を外さないといけない校則なんてないもの」

 それは婚約指輪を着けて登校してくる生徒がいないからでは?

 まぁ、制服を普通に気崩している生徒やピアスをしている生徒もいるから、俺の指輪もそこまで目くじら立てて取り締まるものでもないと思われているのかもしれないな。

「とにかく身だしなみのチェックが行われる時以外は着けていても問題はないと思うぞ」

「わかりました。ありがとうございます」

 生徒会長、そして副会長の許しが出たから、これからは何も気にせずに指輪を着けて登校できる。

 俺は安心し、指輪を見て口角を上げた。

「中筋君嬉しそうね。よっぽど婚約者さんが好きなのね」

「そ、そうですね。俺にとって、最高の女性です」

「最高の女性かぁ。…………ちら」

 副会長が期待を込めた視線を送るが、会長はまたしても顔を逸らしてしまった。そしてまた耳まで真っ赤にしている。

 あれは絶対に副会長を『最高の女性』と思っているが、口にするのは恥ずかしいんだな。

「照れてますね。会長」

「中筋君みたいに素直になってもらいたいものね」

「俺たち、付き合って七ヶ月半ですからね」

 言葉にするのもだいぶ慣れたものだ。最低でも一日一回はお互い愛を伝えあってるしな。

 きっと会長副会長カップルは、交際期間も俺たちよりも短いんだろうから、まだまだこれから───

「わたしたち、付き合って一年超えてるけど……」

「…………」

 交際歴、俺たち夫婦より長かった! ならこれはもう会長の性格の問題だから俺にはどうすることもできない。

 と、とりあえずこの微妙な空気を変えないといけないから、話を本題に持っていった方が良さそうだな。

「と、ところで会長。俺に話があるみたいですが、一体それは……」

 照れていた会長は、俺を呼んだことを失念していたのか、ハッとした表情を見せたかと思えば、咳払いをして心を落ち着けさせていた。

 再び俺の方を見た会長の顔は真剣で、さっきまで耳も真っ赤だったのが嘘のようだ。

 俺は真面目な話とすぐに理解し、居住まいを質して会長の言葉を待った。

「それほど時間もないから単刀直入に言うが中筋……お前、生徒会に入らないか?」

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