第877話 期待する夕姫
いつものように綾奈と千佳さんと合流するため、高崎高校の最寄り駅で下車し、ソシャゲしながら時間を潰していると、程なくして綾奈からメッセージが届き、その五分後に綾奈たちが駅に到着した。
「おまたせ真人!」
「全然待ってないから大丈夫だよ綾奈」
人がいるのに普通に俺に抱きついてくる綾奈と、綾奈を優しく抱きしめる俺。これもいつも通りだ。
そして綾奈から少し遅れてやってきた千佳さんが呆れながら「相変わらずだねぇ」と言う。これも言わずもがないつも通りだ。
「おふたりとも、本当にこんなところでイチャイチャするんですね」
いつも通りではない八雲さんが驚きながら言った。
今日は三人で一緒に来たんだな。まぁ、八雲さんも降りる駅は一緒だもんな。
「八雲さんだっていつも綾奈にくっついてるじゃないか」
八雲さんは中学時代から他の生徒がいる中でも綾奈にくっついていたからな。当時の合唱部だけじゃなくて俺たちの学年でも有名だった。
「わ、私は女の子だからじゃれ合ってるように見えますけど、真人先輩はフツーにイチャついてるようにしか見えないですよ! というか真人先輩はその……平気なんですか?」
多分『恥ずかしくないのですか?』と言おうとしたけど綾奈の手前オブラートに包んだな。
綾奈は八雲さんの声が届いていないのか、俺の胸に頬をスリスリしている。可愛い。
「まったく恥ずかしくないと言えばもちろん嘘になるよ。逆に聞くけど、綾奈のこのまっすぐな愛情表現を受け止めない選択を、八雲さんはできるの?」
「そ、それは……」
「俺は綾奈のまっすぐな想いを正面から受け止め、俺もまっすぐに愛情をぶつけるだけだよ」
俺は抱きしめる力を強めて綾奈の頭を優しく撫でる。
綾奈はこんなにも俺に『好きー!』って感情をぶつけてきてくれているのに、それに応えないなんてありえないだろ。
さっきも言ったが、多少の羞恥心はあるが、嬉しさや愛しさが羞恥心よりも何倍も強いからさして気にならないんだ。
たじろいでいた八雲さんの肩に、千佳さんはポンと手を置いた。
「やめときなよ夕姫。このふたりはいつもこうなんだから」
「うぅ……私が綾奈先輩への愛情で真人先輩に負けるなんて……」
……そこ悔しがるところなのか?
「ねえねえ真人! そっちも聞いた? 合同練習のこと!」
「うん。聞いたよ」
綾奈は心底嬉しそうに、顔を上げて俺に聞いてきている。心底可愛い。
「お姉ちゃんと莉子さんがまた合同練習を考えてくれていたなんて……今からすごく楽しみだよ!」
「俺もだよ」
「何時までするのかな? お弁当がいるなら、一緒に食べようね」
「あぁ、もちろん」
当たり前だけど、綾奈と学校で一緒にお弁当を食べるってことは学校が違うから不可能だ。合同練習ではその不可能なことができる数少ないチャンスなのだから、やらないなんてありえない。
八雲さんがおずおずと手を挙げた。
「それは、私たちもご一緒してもいいのですか?」
「もちろんだよ。ね、綾奈」
「うん! みんなで食べよ」
普段一緒に食べれないのだから、仲のいい人たちと一緒に食べるのもまた楽しみだ。
八雲さんと一緒に弁当を食べるのは初めてだけど。
ともかく、俺ははじめから一哉と健太郎を入れた五人で食べるつもりだったから、八雲さんも加わってさらに賑やかで楽しい昼食になりそうだな。
「というか、いつも真人には甘い麻里奈さんが、部活では厳しくできるのかがわからないんだけど」
「さすがの麻里姉ぇもそこまでの公私混同はしないと思うけど……」
今度の合同練習も、俺たち風見の生徒を麻里姉ぇが指導してくれると思うけど、そこはさすがに先生モードになるだろう。
部活中は実の妹の綾奈も苗字で呼ぶのだから、その心配はない……と思う。
合同練習で甘さが出たら、麻里姉ぇとの約束……全国大会へ行くことへの妨げに他ならないし、麻里姉ぇも俺が……風見高校が全国大会に出場するのを強く望んでいるのだから、やっぱり部活も俺に甘くするビジョンはまったく見えない。
「体育祭でも、松木先生ってマジで真人先輩を甘やかしてましたもんね。松木先生が真人先輩に怒る場面を期待します」
「何を期待してるんだよ……」
さすがに怒られることはないよな? 俺、なんか麻里姉ぇに一目置かれてるっぽいし、もちろんそれにおごらず練習しているし、合同練習もそれにつけ込んで手を抜いて歌うなんてするつもりないし。
というかそれこそ麻里姉ぇの怒りを買うことになるから絶対にしない。やってはいけない。
とにかく、どんな合同練習になるのかはわからないけど、今から楽しみなのは俺も一緒だ。
今回も高崎高校のレベルの高さを正面から受け、少しでも自分の糧にする。
それに麻里姉ぇのアドバイスもしっかりと聞き入れ、全国大会出場に少しでも近づくんだ。
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