第870話 何度でもむぅ案件

 真人が帰り、程なくして晩ごはんの時間になった。

 リビングに入ると、テーブルには色とりどりの美味しそうなお料理が並んでいるのだけど、私の席のそばに、黒いケーブルが置かれてあった。

 これは、夕方にお母さんが言っていたスマホとテレビを繋げるケーブルみたいだ。

「綾奈。そのケーブルでスマホとテレビを繋げといてね」

「わかったよお母さん」

 私はテレビの方に歩きながら、自分のスマホにケーブルをさし、テレビにもさした。

 テレビのリモコンを持って入力切替をして、スマホを操作して、お姉ちゃんが送ってくれた動画を再生すると、それがテレビの大画面に表示された。

 お父さんはまだ帰ってきてないけど、きっと見たいって言うはずだから、週末に見せてあげよう。

 最初に映ったのは画面の真ん中に小さく映る真人で、莉子さんが撮影を開始して真人に近づいている場面だった。

「この動画を撮ってくれたのって、麻里奈のお友達の莉子ちゃんなのよね?」

「そうだよ」

「麻里奈の結婚式以来会ってないけど、元気にしているみたいでよかったわ」

 お母さんと莉子さんは会う機会がないからなぁ。

 私は自分のお茶碗を取り、炊飯器の所に行き、ご飯をよそった。

 椅子に座ってテレビを見ると、ちょうど杏子さんたちがやってきたところだった。

「あら、杏子ちゃんも茜ちゃんも元気そうね」

 お母さんの声が高くなった。杏子さんが映ったからテンションが上がっているみたい。

「みんな元気だよ」

「あら? もうひとりの子は誰かしら?」

 お母さんは面識のない久保田先輩が映ったことで首を傾げている。

「この人は風見の合唱部の部長さんだよ」

「合唱部部長って……麻里奈と真人君の関係を誤解してたって言ってた子ね?」

「うん」

 お母さんと久保田先輩はもちろん面識がないけど、春休みに起こった風見合唱部の出来事はお母さんやお父さんにも伝えたので知っているけど、真人に辛い思いをさせて泣かせているので、あんまりいい印象を持っていないんだけど……。

「この子もなかなかに可愛いわね」

 久保田先輩が見せる柔らかい笑顔に印象が一変していた。

 それには驚いたけど、次に茜さんが言う言葉に、お母さんはどんな反応を示すのかな?

『綾奈ちゃーん、松木せんせー。真人が久保田さんにデレデレしてまーす』

『お、おい! 何適当なこと言ってんだよ茜! してないから!』

『そ、そうよ東雲さん! 婚約者がいる中筋君が、私なんかに……』

『とか言って、部長ちゃんもまんざらじゃない感じじゃない?』

『な、何言ってるのよ杏子さん!』

「むぅ……」

 ここは何度見てもむうってなっちゃう。

 久保田先輩ももちろん真人に好意を寄せてないってわかるんだけど、久保田先輩のあの笑顔を真人はずっと見ていたから……むぅ。

「あらあら、真人君ったら」

 お母さんは、今のやり取りを見て笑っていた。

 予想していたリアクションとは違っていたから、ちょっと驚きながらお母さんを見ていたら、お母さんも私の視線に気がついて目が合った。

「真人君の言ったことも部長さんが言ったことも本心ってわかるわよ。以前真人君が言っていたけど、あれが杏子ちゃんと茜ちゃんの真人君イジりなのね」

 お母さん……全然動じてないどころか「真人君可愛いわぁ」って言ってにこにこしている。

 私も真人が他の女の人に心が動かないのは知っているから、これくらいでむぅってしない方がいいのかな?

 試しにもう一度見てみよう。

 私は立ち上がりスマホを持って、さっきの所をまた再生した。

「……むぅ」

 でもやっぱり私は頬をふくらませてしまい、それを見たお母さんが「あらあら」と言いながら私を見て笑っていた。

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