第871話 三人で観戦

「ただいま」

「あら、おかえりなさいあなた」

「お父さんおかえりなさい」

 お母さんと動画を見ながら夕食を食べていると、お父さんが帰ってきた。

 ネクタイを緩めながらテレビを見たお父さんは、番組が映っていないことを不思議に思いながら動画を見ているみたい。

「これは……サッカーの試合?」

「そうよ。今日風見高校は球技大会で、これは麻里奈のお友達の莉子ちゃんが撮ってくれた真人君の出てる試合なのよ」

「真人君の? ……なるほど。ちょっと遠いけど確かにあれは真人君だな」

 今、テレビには決勝の試合模様が流れている。

 一回戦を見て、相手のサッカー部の人が執拗に真人がいるところから攻めて、真人が抜かれてから高木君がフォローして……の繰り返し。そして一宮さんたちの解説で、高木君たちが真人に恥をかかせようとしていることに気づいたお母さんはちょっとムッとしていた。

 けれど相手のサッカー部の人からボールを奪い、真後ろにいた高木君へのパス……真人のファインプレーを見たお母さんは───

『きゃー! すごいわ真人君!』

 と、立ち上がって画面の向こうの真人に拍手を送っていた。

 私も見るのは二回目だけど、『本当にすごいよね! 真人かっこいい!』って言いながら、お母さんと同じように立ち上がっていた。

 初見の時の私と同じくらいかそれ以上の喜びよう……私もドゥー・ボヌールで見ていなかったら、きっとお母さん以上の喜びを見せていたと思う。

 それにお母さん、『きっと修斗君との練習の賜物ね』とも言っていたのにはびっくりした。

 なんでもお母さんがドゥー・ボヌールにいる時に偶然練習後の真人と修斗君が来て、お母さんと……それからお姉ちゃんとお義兄さんとも知り合ったみたい。

 テレビからホイッスルの音が聞こえてきた。どうやら前半戦が終わったみたい。

 真人は一哉君と一緒に前半に出場していたから、きっともう出番は終わりだと思ってちょっと落ち込んでいたんだけど、フィールドから離れたのは一哉君だけで、真人はそのまま残っていた。

「あれ? 一哉君だけ……って、もしかして……」

 一哉君がフィールドから出て、入れ替わるように健太郎君と高木君が入り、ふたりは真人に声をかけていた。

「やっぱり! 真人はどっちも出てたんだ!」

 きっと一回戦の活躍を見て、サッカー部の高木君が真人にお願いをしたんだ。

 私の旦那様……やっぱりすごいなぁ。

 私の心が嬉しさで高揚感に溢れていると後半戦がスタートした。

「ん? 相手のクラスは個人技で攻めているな」

 ボールを持っているのはきっと長岩君だ。すごいドリブルで高木君を、真人を、健太郎君を抜き去って、そのままシュートを放ったけど、キーパーの泉池さんがなんとか死守した。

「ふむ……あの相手の子、すごいな」

「本当ね。きっとあの子は、今いる子の中では一番上手いようだけど、真人君たちはどうやって勝ったのかしら?」

「ん? この試合は真人君たちが勝つのか?」

「ええ。真人君が言ってたから間違いないわ」

「そうなんだな。これは目が離せない試合になりそうだ」

 そう言って、お父さんはお箸を止めて画面に集中した。

 私もお母さんもお父さんと同じようにしている。

 けど、私は不安だった。

 試合は真人たちが勝つからいいけど……このあと真人は長岩君によってケガをしてしまうから。

 その瞬間が刻一刻と近づいていることに、さっきまであった高揚感は消えていた。

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