第867話 早く動画を見たい親子

「「ただいまー」」

 みんなと別れ、俺は綾奈の家にやって来た。

 元々球技大会のあとはここに来る予定を立てていたんだけど、綾奈は俺のケガを心配して、珍しくまっすぐ自分の家に帰ることを俺に提案してきた。

 だけど軽く擦りむいただけだし、普通に歩く分には痛みはほとんどないからってことで予定通りここに来た。

「あらふたりとも、おかえり」

 いつものように明奈さんが出迎えてくれて、俺は靴を脱いでスリッパを履こうと思ったんだけど、綾奈に「待って!」と強めに止められた。

 いきなり俺を止めた綾奈を、俺と明奈さんは不思議に思ったけど、綾奈は先に廊下に上がり、右手を伸ばしてきた。

「真人は膝をケガしてるから私の手を掴んで」

 なるほど、つまりは俺の膝に痛みを感じさせないためにしてくれているのか。

 低い段差だけど、綾奈の優しさを素直に受け取るように決めて、綾奈にお礼を言ってから綾奈の手を取り、俺も廊下に上がった。おかげで痛みはほとんど出なかった。

「あら、真人君膝を怪我したの!?」

「はい。でも大したことはないので大丈夫ですよ」

「そう? ならいいけど、治るまではあまり無理しちゃダメよ」

「はい。その……ありがとうございます。……お、お義母さん」

 綾奈と同じく、俺を心配してくれたことが嬉しくて、久しぶりに明奈さんを『お義母さん』と呼んだ。久しぶりだから、めっちゃ照れる。

「うふふ、大事な息子を心配するのは当然のことよ。ね、真人君。もう一度『お義母さん』って呼んでくれないかしら?」

 どうやら想像以上に嬉しかったようで、明奈さんは美しいにっこにこな笑顔を俺に見せてくれた。

 そんな笑顔でお願いされたら断れるはずもなく、照れながらももう一度呼んだ。

「照れた真人君、やっぱり可愛いわぁー!」

 明奈さんは嬉しいのか、さっきよりもテンションが上がっている。

 これくらいのテンションの時は俺に抱きついてくる時があるけど、今回はなかった。俺の膝の怪我を考慮してか、それとも綾奈の『むぅ案件』を見越してのことなのかはわからない。

「飲み物はあとで持って行くから、ふたりとも部屋にいってらっしゃい」

「すみません明奈さん。いつもいつも」

 俺がここに来たときはほぼ毎回明奈さんが飲み物を持ってきてくれる。息子と言って俺を家族の一員と思ってくれているとしても、俺が冷蔵庫を開ける方がマナー的に問題があると思うから明奈さんにお任せしてしまうのだが……。

「気にしなくていいのよ。私がしたくてやってることなんだから」

「本当、ありがとうございます」

「うふふ、じゃあありがたく受け取ってこうかしら。それはそうと真人君。球技大会の結果はどうだったの?」

「それ、私もまだ聞いてない! ねぇ真人。早く教えてよ」

 駅で会ってから綾奈には球技大会の結果を伝えていない。

 いきなりのイチャイチャ展開、ペンダントと指輪を着けてくれたこと、そしてなっちゃん……。色々ありすぎて言うタイミングがなかったと言った方が正しいかもしれない。ここに来るまでも、無意味にもったいつけてしまったし。

「無事、優勝しましたよ」

「本当!? おめでとう真人!」

 そう言って、綾奈は自分のことのように喜んでくれて、俺に抱きついてきた。

「優勝おめでとう真人君。真人君も活躍したのかしら?」

「そ、そうですね。活躍は、したかと……」

 一回戦ではサッカー部からボールを奪い、追加点のアシスト。そして決勝では健太郎と高木と協力して長岩と戦い、決勝ゴールを決めたから、活躍してないと言える状況ではない。

「午前の試合は莉子さんがお姉ちゃんのスマホに動画を送ってくれたから見たけど、真人、すごくかっこよかったんだよお母さん!」

 坂井先生、もう一回戦の動画を麻里姉ぇに送ってたんだ。編集してるのかわからないけど仕事が早いな。

「あらそうなの? その動画、綾奈のスマホには入ってるのかしら?」

「もちろん。お姉ちゃんに送ってもらったよ」

「なら、晩ごはんの時に一緒に見ましょうか」

「うん!」

「え?」

 見るのは全然構わないんだけど……え、夕食の時に見るの? スマホをテーブルに置いて?

「どうしたの真人君?」

 俺がさっき思ったことを質問すると、この親子はなぜかちょっとドヤりながら言った。

「大丈夫よ。スマホとテレビを繋げるケーブルがあるからテレビで見るのよ」

「マジですか!」

 この家のリビングのテレビ……デカいんだよな。あのテレビに俺の試合映像が映し出されるのか……俺は帰ってるからまぁいいや。

 明奈さんは綾奈に、夕食までにスマホをしっかりと充電しておくように言って、綾奈は「もちろんだよ!」と力強く頷いていた。

 ほどなくして綾奈の部屋に入ったんだけど、マジですぐにスマホの充電を始めていた。

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