第865話 イチャイチャのその先

 改めて俺のそばにやってきた綾奈は、持っていたカバンをゆっくりと地面に置き、中からふたつのピンクの小物入れを取り出した。

「真人。預かっていた指輪とペンダント、返すね」

 あの小物入れに入れてくれてたのか。しかも両方金属だから、一緒の箱に入れてたらぶつかり合って万が一にも傷がつくのを防ぐために……。

 大切に保管してくれていたことに嬉しくなる。

 綾奈はまず、細長い箱を開け、その中にはペンダントが入っていた。

 俺は早く着けたいから、ペンダントに手を伸ばそうとした。

「あ、待って真人!」

 だけど、なぜか綾奈に待ったをかけられてしまった。

「え?」

「真人はこの箱を持ってて」

「う、うん」

 よくわからないまま、綾奈の言う通りに箱を受け取る。

 しかし、これだと手が塞がってペンダントを着けれない……。

「あ~、なるほどね~」

 なんか杏子姉ぇが俺をニヤニヤした表情で見ていて、隣にいた一宮さんたちもなんだかテンションが上がっているみたいでキャーキャー言ってる。

「……あ!」

 そんな女性陣の様子を見て、俺も今更ながらに綾奈のやろうとしていることを理解した。

 再び綾奈を見ると、既にペンダントを持っていて留め具を外していた。

 やっぱり綾奈……自分で俺の首にペンダントを通すつもりだ。

 しかも正面から!

 綾奈さん! ここは駅の構内ですよ! 杏子姉ぇもいるから行き交う人ほとんどこっち見てますよ!

「真人、ちょっとかがんでね」

「……わかったよ」

 ……ってことを言っても綾奈は止まらないから俺は綾奈の言う通りにした。

 俺がかがむと、綾奈はさらに一歩近づき、正面からペンダントを着け始める。

 ち、近い! めちゃくちゃ可愛いお嫁さんの顔がめちゃくちゃ近い! めちゃくちゃドキドキする!

 今まで何度この距離で見てきたかはもうわからないけど、やっぱりドキドキする。

 自分でもはっきりと顔が熱いのがわかる。

 焦点が合わないくらい近いけど綾奈はすっごい楽しそうな表情でペンダントを着けてるのがわかるし、顔が赤いのもわかる。

 誰もいなければ明らかにキスをしている距離。だけどみんないるからふたりきりになるまで我慢だ……!

 ペンダントを着け終えた綾奈は俺から一歩離れ、俺からペンダントが入っていた箱を受け取ると、それをカバンの中に仕舞って今度は指輪が入っているであろう箱を持った。

 綾奈が箱をゆっくり開けると、やはり俺の指輪が入っていた。

「あ、綾奈、それは自分で───」

「私が着けるね」

 ですよねー……知ってた。

「真人、左手出して」

「わ、わかった」

 俺はもう色々気にしないことにして自分の左手を綾奈の右手の上に乗せた。

 そして、綾奈はゆっくりと、優しく、俺の左手の薬指に指輪を通した。

「はい、できたよ真人」

「あ、ありがとう綾奈」

 めちゃくちゃ照れるけど……うん、やっぱり指輪とペンダントをしていると落ち着く。

 クリスマスと俺の誕生日以降、お風呂と寝る時以外はずっと身につけているから、もはや俺の体の一部と言っても過言じゃないから、このふたつを身につけているとしっくりくる。

「マサとアヤちゃん、なんだか結婚式をやってるみたいだったよ」

「「っ!」」

 杏子姉ぇの一言に、俺たち夫婦は共に顔を染めた。

 みんなを見ると、後輩三人はなんか感動しているみたいで、「素敵……」、「憧れる……」など、未来の自分たちの結婚式に思いを馳せているようで、同学年の高木と長岩は驚いているのかポカンとしている。

 高木が先に我に返って俺に問いかけてきた。

「な、中筋。お前いつもこんな感じなのか?」

「いや、さすがに毎日お互いの指輪を通し合ったりはしてないからな」

「今日はふたりのイチャイチャのその先を見れたーって感じだね! 本番も楽しみにしてるよ」

「本番は何年先になるかわからないけど……まぁ、そうだね」

 俺は改めて綾奈を見ると、俺の視線に気づいた綾奈も俺を見てきて、頬を染めたまま満面の笑みを見せてくれた。

 本当に同居を始めたら、高木の言ったように毎日お互いの指輪を着け合うのも、いいかもしれないな。

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