第864話 夫婦合流

 もうすぐ夕方の四時になる時間。俺は駅構内で綾奈の到着を待っていた。

 いつもの綾奈なら俺がここに到着する前に既に待っていてくれていると思ったから、構内に綾奈の姿が見えなかったのには珍しいと思ったし嫌な想像が頭をよぎった。

 数分前にちょっと遅くなる旨のメッセージが来て安心したけど、それでも珍しい。

「アヤちゃんがマサより遅いって珍しいね。マサに会いたくてうずうずしながら待ってると思ったんだけど」

 俺の隣にいる杏子姉ぇも珍しがっている。

 ここで綾奈を待っているのは俺たちだけじゃない。高木と長岩はもちろん、一宮さんたちもいる。一哉は茜を家まで送るために校門で健太郎と一緒に別れた。

 ちなみに高木と長岩は近くに杏子姉ぇがいるから落ち着かないのか、ソワソワしてるし杏子姉ぇをチラチラと見ている。一宮さんたちもどこか落ち着きがなさそうな空気を出しているけど高木たちほどではない。

「メッセージでは遅くなった理由は書いてないけど……まぁ無事ならいいさ。いくらでも待つ」

 綾奈に会えるならたとえ何時間待とうとも苦と思わない自信がある。

 俺がもうすぐ綾奈に会えることにドキドキしていると、高木がめちゃくちゃ緊張しながら杏子姉ぇに話しかけた。

「あ、あの……中筋先輩」

「杏子でいいよ。マサと苗字同じで紛らわしいし」

「じ、じゃあ……杏子先輩。中筋のカノジョって、どんな人なんですか?」

「マサがとにかく好きで、めっちゃくちゃに可愛いよ。思わずギュッて抱きしめたくなる」

 杏子姉ぇが超ざっくり綾奈の説明をしてくれたが、最初の方で俺は照れてしまう。

 ここで大島さんが一言付け加える。

「多分、西蓮寺先輩が来たら色々とびっくりすると思いますよ」

「「え?」」

 大島さんが言ってるのは……多分アレのことだよな。

 もうお決まりになってきてるし、今回も……うん、あるだろうな。

 照れと嬉しさを同時に感じていると電車がやってきた。メッセージを貰った時間的にも、あれに綾奈が乗っているだろう。

 降りてくる乗客の中から綾奈を探していると、しばらくしてバッグと、大きめのナイロン袋を持った綾奈を見つけたので、俺は手をブンブンと振りながら綾奈を呼んだ。

「綾奈ー!」

 俺の声が聞こえて、俺を見つけた綾奈はパッと笑顔になり、こちらに向かって走ってくる。これはお決まりのパターンになるな。

「真人!」

 予想通り、綾奈は俺に抱きついてきたので、俺は綾奈を包み込むように抱きしめた。

 ただ、綾奈の勢いがいつもよりちょっとだけ強くて、ケガをした左足を一歩下げてしまい、その左足で踏ん張ってしまったために患部に痛みが走った。

「いっつ……!」

 文字通りゼロ距離にいた綾奈にも、さっきの俺の声が聞こえてしまい、さっきめちゃくちゃ笑顔で俺に抱きついてきたのに、今バッと顔を上げた綾奈の表情は俺をめちゃくちゃ心配していた。

「ぇ……ま、真人? さっきのでどこか痛めちゃった!? ごめんね!」

「ち、違う違う! ちょっと球技大会でコケちゃって───」

「ごめんなさい!」

 俺が説明をしようとしたら、長岩が大きな声で謝っていた。俺たち夫婦が驚いて長岩を見たら、長岩はめちゃくちゃ頭を下げていてさらに驚いてしまった。

「中筋がケガしたのは、俺が中筋の持っていたボールを奪おうとして、ぶつかったからで……」

「長岩は本気で勝とうとしていて、その上で起きたことだから。スポーツにはケガがつきものだから俺は全然気にしてないから」

「中筋……」

 あの時の長岩のプレーは本気だった。本気で負けたくないと思っていたからこそ、気持ちが前面に出てしまった結果だ。

 本気じゃなければ、素人に毛が生えた程度の実力しかない俺に、あんなプレーはしてこないはずだ。

 綾奈は俺に抱きついたまま、長岩を見ていたけど、俺から離れ、ゆっくりと長岩の正面に立ち、静かで真剣な声と表情で長岩にこう問いかけた。

「ひとつ、確認させてください。長岩君は、真人をわざと転ばせてケガをさせたわけじゃないんですよね?」

「も、もちろん! 誓ってわざとなんかじゃないです!」

 わざとじゃないと訴える長岩の瞳と、真実を頭の中で精査している綾奈の瞳が重なる。そして───

「信じます」

 そう、笑顔で言った。

 その笑顔にドキッとしたのか、長岩は顔を赤くして笑顔で「あ、ありがとう、ございます」と言った。ないとは思うけど、長岩に『惚れたらダメだぞ』と視線で釘をさしておこう。

「それに、もし本当にわざとケガをさせていたら、長岩君はここにはいないと思うし、それに杏子さんは今でも怒っていたはずだから」

「あ、アヤちゃん……!」

 確かにな。綾奈、名推理だ。

 いつもはイジる側の杏子姉ぇが、イジられて珍しく顔を赤くしている。

「杏子さんは真人や美奈ちゃん……大切な家族が意味もなく傷つけられるのは我慢できない人だから」

「そ、そうだけど……今言わなくてもいいじゃん!」

「ふふ」

 普段とは逆の、だけどいつもの仲のいい綾奈と杏子姉ぇのやり取りを見て、俺だけでなくみんなも笑顔になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る