第863話 完封完勝

「へー、綾奈ちゃんエアホッケーがしたかったんだ。大人しそうなのに意外だね」

「そうですか? 私、エアホッケー好きなんですよ」

 話はしているけど彼らとは目を合わせてなくて、淡々とお金を入れてマレットを持った。

「この勝負が終わったら、私たちは帰りますからね」

「いいよ。でも勝負なら……オレたちが勝ったらもうちょいオレたちと遊んでよ」

「さっきも言いましたけど、私は婚約者がいるので、それに代わるものを考えますね」

 もちろん考えるわけはない。早く終わらせて真人の元へ行きたい。

 私はそれだけ言うとふたりから離れて位置についた。

「綾奈がお金出したのに、何も言わないとか……」

 それは……私も思わなかったわけじゃないけど、気にするのも時間の無駄かなって思うことにした。

 最初のサーブは私に譲ってくれた。優しさなのか、それとも……。

「どうせなら一点あげるよ。ブロックしないから打ってきてよ」

 そう言って相手の人はマレットを離して台の隅に置いた。私の卓球での失態を見ているから、すごく油断してるみたい。一点くらい取られてもすぐに逆転できると思ってるんだ。

「ありがとうございます。じゃあ…………ふっ!」

 私はパックを台に置き、それをマレットで思い切り打った。

 パックはすごい速さで飛んでいき、ガコンという音とともに相手のゴールに突き刺さって台から姿を消した。

「ぇ…………え?」

 相手の男の人は一体何が起きたのかわかっていない様子で、台と私の顔を行ったり来たり見ている。

「さ、早く打ってきてくださいね」

 私は笑顔でそう言うと、マレットを持つ手に力を込めて少しだけ腰をかがめた。

「お、おぉ……うん」

 相手の人はまだ何が起こったのかを理解していないのか、動揺しながらもパックを台の上に置き、マレットを持ってパックを打ってきた。

 なかなか速いけど、真人の方がもっと速い。

 私は相手のサーブをダイレクトに打ち返し、さらに速度を増したディスクは一度壁に当たってから、また相手の男の人のゴールに入っていった。

「「「……」」」

 私の後ろにいるちぃちゃんは応援してくれていると思ったけど、とても静かにしているみたい。

 男の人ふたりは立て続けに二点取られたことにすごく信じられないような顔になってるけど、ちぃちゃんも同じ表情をしてるのかな?

「あ、綾奈ちゃん……うまいんだね」

「小さい頃から、お姉ちゃんに付き合ってもらってましたから」

「た、卓球とは全然違う……」

 やっぱりふたりとも油断していたみたい。

 その隙をついたのも自覚してるし、ちょっと悪いとも思ってるけど、手加減は一切しないって決めてるから、このまま本気で倒させてもらうよ。

 一分くらいに二点も取られてしまった相手の人もどうやら本気になったみたいで、真剣な表情で本気でパックを打ってきたけど、それでも真人の方が速いし単調な攻撃だったから軌道を読むまでもなくブロック。

 ブロックしたディスクは相手の陣地に返り、また本気で打ってくるけど、私はやっぱりそれを止める。

 そして───


「ありがとうございました」

「…………」

 試合が終わり、私は相手の人の攻撃を一度もゴールに入れられることなく、逆に私はあのあと四得点を追加して圧勝した。

 私にここまで一方的に倒されると思ってなかった相手の人は放心状態になっている。もしかしたら逆上してくるかもと思わなかったわけではないけど、あまりのやられっぷりにそんなことを考える気も起きなかったのかもしれない。

 これでひとり倒したから、あともうひとりも倒したら真人の所に行けるから早くしないと。

「じゃあ、次はあなたですね?」

「い、いや……オレはいいかな。あはは……」

 さっきの試合を見て、戦意喪失したみたいで、苦笑いをしていた。

「そうですか。では私たちはこれで。行こ、ちぃちゃん」

「う、うん……」

 ひと試合だけで終わって、早く真人に会いに行けると思った私は、ちぃちゃんの手を引いて足早に外に出た。


「綾奈って、エアホッケーあんなに強かったんだね」

「真人とよく試合してるから。でも、あの人たちがちぃちゃんに言った言葉にムッとしちゃって、真人と試合してる時以上の本気を出しちゃった」

「あたしはふたりのエアホッケーやってるとこ見たことないけど……つ、つまり、真人の時は手を抜いてるん!?」

「真人としてる時ももちろん本気でやってるよ。多分、いろんな感情が出ちゃったから……かな?」

「あんたの強さにびっくりしたけど、今はスッキリしてるよ。ありがとう綾奈」

「えへへ、よかった。実は私もだけど」

 普段そんなことは思わないんだけど、あの人たちの呆然とする表情を見て、私もスッキリした気分になった。

 早く真人に会いたいけど、さっきの試合でちょっとだけ汗をかいてしまって、急ぐとさらに汗が出ると思った私は、真人は絶対に気にしないとわかっているけど、ちょっとだけ遅くなることを真人にメッセージで伝えて、いつものペースで駅に向かい、駅でちぃちゃんと別れた。

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