第862話 再び現れる男たち

「あ、ありがとうございます」

 私は男性たちにお礼を言った。目的はどうあれ、おめでとうと言ってくれた人たちにはちゃんとしないと失礼になっちゃうから。

 もちろん警戒はしてる。でも、隣のちぃちゃんみたいにあからさまにはしていない。

 ちぃちゃん……すごく嫌そうな顔でふたりを見てる。

「可愛い犬だけど、それ、部屋に飾るの?」

 ふたりは私が抱えているわんちゃんのぬいぐるみを見てくる。

 私も何度もこういう人たちと出会でくわしてるから、こういう目をした人たちが考えていることも理解できる。

 この人たちはこのわんちゃんから話を繋げて私たちと一緒に遊びたいって思ってる。

 もちろんこの人たちと遊ぶわけはないし、それに早く移動しないと球技大会で疲れた真人を待たせてしまうことになっちゃうから、早く会話を終わらせて電車に乗らないと……。

「いえ、この子は───」

「この犬はこの子の婚約者にあげるんだよ! わかったらさっさとどいてくんない?」

 私が説明しようとしたら、ちぃちゃんが不機嫌を隠そうともせずに言った。

 この人たちも婚約者という言葉が出てくるとは思ってなかったみたいで驚いているけどそれだけで、どく気配はなさそう……。

「キミ、婚約者がいるの?」

「はい。います」

 わんちゃんを両腕で抱えていたけど左手を離し、薬指にしてある指輪を見せた。

 これでもあまり驚いたようには見えない。

「へ~、でも男がそんな可愛いぬいぐるみをもらって喜ぶか? なぁ?」

「オレはいらねーな。てかキミら高校生? 今日平日だけど……もしかしてサボったの?」

「サボってません! 昨日は体育祭でしたので今日はその代休なんです」

 この人たちにあげるわけでもないのに、なんだか真人の気持ちを代弁されたと思った私は、ちょっとムッとして強い口調になってしまった。真人のこと、なんにも知らないくせに……。

「てかあんたらは大学生なんじゃないの? あんたらこそサボってんじゃん!」

 そうだよ。この人たちが学生にしても社会人にしても、さっきこの人たちが言ったように今日は平日。平日がお休みの仕事をしていない限り、お昼からここにいるのは不自然でしかない。

「大丈夫だいじょーぶ。オレたち、ダチに代返頼んでるから」

 代返って……授業の出欠を別の人に頼んで出席扱いにしてもらう行為だよね? それってつまり───

「つまりサボりじゃん! 最低じゃんあんたら!」

「だけど出席日数は稼げるからいいじゃん」

「そうそう」

 どこが大丈夫なんだろう? それはあとあと自分が大変になるだけなんじゃ……。

 この人たちは自分が大学をサボったのを悪びれもしないで、さらに話を進めようとして、私たちにこう言ってきた。

「大学の話はどうでもいいからさ、オレたちと遊ばない?」

「卓球の時から思ってたけど、こうして出会ったのもなにかの縁だしさ、楽しいことしようよ」

 さっきちぃちゃんが私に婚約者がいるってちゃんと言ったのに、聞こえてなかったのかな? でも、聞き返してたから絶対に聞いてたよね?

「遊ぶわけないじゃん! さっきも言ったけどこの子には婚約者がいて、あたしも彼氏がいるんだよ!」

「彼の知らない人と一緒に遊ぶのは、ちょっと遠慮したいです」

 なんだか、私に声をかけてくる男の人って、人の話を聞かない人が多い気がする。

 ちぃちゃんの強気な態度にも怯むことなく、この人たちは私たちと遊びたいと主張してくる。

 私がちょっと弱気な、冷静な態度を取っているのもこの人たちが引かない理由なのかもしれないけど、次の一言は、到底見過ごすことなんてできない発言だった。

「いいじゃんちょっとくらい。どうせキミはカレシに黙って他の男と遊んでそうだし」

 ……ちぃちゃんを、私の大切で大好きな親友をそんな風に思ってたんだ。

 ちぃちゃんはとっても真面目な性格なのに、この人たちはよく知ろうともしないで見た目だけで判断してちぃちゃんを侮辱した。

「っ! あんたらいい加減に───」

 私は掴みかかりそうなちぃちゃんを手で制した。

「綾奈? ……っ!」

 ちぃちゃんは私の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、息を呑むのがわかった。

「……ちょっとだけでいいんですね?」

「あ、綾奈? 何を───」

「おぉ! もちろんだよ!」

「綾奈ちゃんは話がわかるな! 何して遊ぶ?」

 私の大切な人を貶す人たちに名前を呼んでほしくないけど、ここは我慢しなきゃ……。

 私はにっこりと微笑んで言った。

「ちょっとやりたかったゲームがあるので、いいですか?」

「も、もちろんいいよ綾奈ちゃん!」

「早く行こうぜ! さ、さ!」

「はい。行こ、ちぃちゃん」

「う、うん……」

 ちぃちゃんはお姉ちゃんに怒られた時に見せる、ちょっと怖いものを見るような表情をしていたけど、私は気にせずちぃちゃんの手を取って前を歩いた。

 私が向かっている先にあるのはエアホッケーだ。

 怒った時のお義兄さんの言葉を借りるなら、ちぃちゃんをバカにしたこの人たちを私の絶対的に得意とするゲームで『叩き潰す』。

 ちぃちゃんのことだけじゃない、真人を待たせてしまうことにもなってしまったから、手加減なんて一切しない。

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