第852話 秘密の会話

「中筋、ちょっといいか?」

 昼食を終えた俺はひとりでトイレに行き、出たところである人物に呼び止められた。

 それは先程の試合でダメ押しゴールを決めたクラスメイトのサッカー部、高木だった。

「どうした?」

「ここじゃなんだから、場所変えていいか?」

「いいけど……」

 俺は高木のあとについていき、誰もいない空き教室に入った。

 なんだかすごく気まずい顔をしているな。

「中筋……すまなかった!」

「……え?」

 そいつはいきなり頭を下げて謝ってきたもんだから、わけもわからずプチパニックに陥る。

「いやいや、なんで謝るんだよ?」

「さっきの試合、俺はお前のフォローに入らず、お前が抜かれるのを待っていた」

「お、おぉ……」

 やっぱり、あれは故意にやっていたものだったのか。

 俺とこいつのふたりでマークすれば、もっと簡単にボールを奪えていたかもしれないし、俺に止められている相手を見て叫んだのも、なんか変だとは思っていたけど……。

 となると、気になるのはどうしてそんなことをした理由なんだけど……。

「お前が杏子先輩をはじめとした美少女に囲まれているのを見てひがんじまった結果なんだ。それで、あいつと協力して、お前のカッコ悪いとこを見せてやろうって話になって」

「……」

 確かに、美少女の知り合いが多いのは認めるけど、俺は人気がある方ではない。有名だというのは自分でもわかっているけど、人気なら健太郎の方が圧倒的に高い。

 それに顔面偏差値も俺よりこいつの方が高くてイケメンなのに。

「それに、この話に乗ったのは俺たちだけじゃないんだ」

「え?」

「決勝で戦うクラスにもサッカー部がいるんだけど、そいつも……なんだよ」

「つまり、三人で決めたことだと」

「ああ……」

「でも、なんで俺に真実を伝えたんだ? 伝えなくてそのまま隠し通しても良かったんじゃないか?」

 俺は疑問には残っていただろうけど、それでも言わなければそれは明るみに出ることはなかったのに……。

 俺の質問に対し、そいつは気まずそうな表情でゆっくりと口を開いた。

「……なんつーか、部活の試合じゃないから負けてもいいやって思ってたんだけどな、いざ一回戦勝ってみたら、やっぱり勝利っていいもんだと思って……」

「それで、やっぱりやる以上は勝ちたいと思ったと?」

 高木はこくりと頷いた。

「我ながら単純とは思うけどな」

「いいじゃないか。単純で」

「え?」

「どんな勝負にしたって、勝つのは気持ちいいもんだろ? 理由なんてなんだっていいと思うよ」

 単純なジャンケンにしたって、勝てばちょっとは嬉しくなるし、得意なサッカーで勝ちたいと思うのは自然な考えだと思う。

「そっか……そうだよな。ありがとう中筋」

「いいって。その代わり決勝でもしっかり活躍してくれよサッカー部」

「お、おう!」

 なんとか高木の士気も上がった。これで決勝も十分に戦えるだろう。

「ところで、決勝で戦うクラスのサッカー部のやつって強いのか?」

「強い。三年生が引退したら次のエースともくされてるやつだ」

「マジか……」

 となると、一回戦よりも大変な試合になるのは覚悟しとかないとな。

「中筋も特訓したって言ってるが、お前の付け焼き刃が通用しないかもしれない……」

「付け焼き刃でも刃は刃だ。届かない道理なんてないだろ。特訓に付き合ってくれた修斗のためにも、何より綾奈……婚約者のためにも必死に食らいついてみせるさ」

 今朝もチアガール衣装を着て俺にエールを送ってくれたんだ。相手に強いやつがいようと絶対に勝つ!

 高木はなぜか修斗の名前に反応して、訳を聞いてみると、なんと修斗はこの辺りでもかなり有名な選手だったようで、俺と修斗に繋がりがあったことにすごく驚いていた。

 だから俺は同じ中学の後輩とだけ言っておいた。

 ここで『俺は修斗におにーさんと呼ばれている』なんて言ってしまえばなんかまためんどくさい方向に話がいきそうだったから……。


真人たちが空き教室から出ていってから少しして、近くを通りかかり、真人と高木の話を聞いてしまった女子生徒が、ゆっくりと真人たちとは反対方向に歩き出しその場を離れた。

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