第848話 親友とデート

 五月二十九日月曜日の午前十時頃、昨日の体育祭で学校がお休みの私は、ちぃちゃんと一緒に駅に行く道すがら……おばあちゃんがお散歩に使ってる歩道橋の近くにあるクリーニング店に来ていた。

 昨日の体育祭の特別プログラムで着用したチアガールの衣装を出すために。

「では、仕上がりは夕方頃になります」

 ほとんど汚れていなかったので今日には仕上がるから良かった。

「わかりました」

「お願いします」

 私とちぃちゃんは店員さんに伝票をもらって、それをしっかりとお財布に入れてからクリーニング店を出た。

 けっこう強い日差しを受けながら、ちぃちゃんは両手を上で組んで「ん~!」と背伸びをした。私よりも全然大きい胸が強調される。

 もしも真人がここにいたら、絶対にちぃちゃんを見てるよね? ……むぅ。

 内心で頬を膨らませながら、私はちぃちゃんを見る。

 背伸びをしたあと、ちぃちゃんは私を見た。

「さてと……一応これで用事が終わったわけだけど、どうする?」

 このまま家に帰るのか、それともどこかに遊びに行くかを聞いてきている。

 そう聞いてくることはわかっていたから、私の答えも既に決まってるんだけどね。

「ちぃちゃんさえ良かったら、どこかに遊びに行かない?」

 家に帰っても特にすることもないし、それに家でじっとしていると真人のことばかり考えてしまいそうだったから……。試合はどうなってるのかなとか、ケガしてないかなとか、心配と同時に会いたい気持ちがどんどん膨らんじゃうから。

「いいね! というか綾奈とふたりだけで遊ぶのって随分久しぶりだよね」

「うん。お互い大好きな人ができて、それにお友達も増えたから」

 最後にちぃちゃんとふたりだけで遊んだのっていつだったかな? 簡単に思い出せないくらい前ってことだよね?

「そうと決まれば早速行くよ。とりあえずアーケードに行こっか?」

「うん!」

 まだ午前中で食事をするのには早いし、だとすると色んなお店が並ぶアーケードに行くのは賛成。

 ちぃちゃんはちょっと嬉しそうに私の手を取ったので、私もちぃちゃんの手を握り返して、ふたりでアーケードに向けて歩き出した。


 最初に入ったのはゲームセンターだ。

 やっぱり平日の午前中だからお客さんはあまりいない。いるのは大人の人がほとんどだ。

 店長さんの姿も見えない。近くにいないだけなのか、それともお休みなのかな?

「綾奈はよくここに来るんだよね?」

「でも前に来たのは先月だから、そこまで頻繁にってわけじゃないよ」

 前に来たのは、確か半年記念の翌週だったから、ひと月半振りだ。真人がいないからエアホッケーはできないかな。

 やっぱり真人のことを考えちゃってると思っていると、ちぃちゃんがちょっと遠慮気味に言った。

「ねえ綾奈。あたし、ちょっとやってみたいゲームがあるんだけど……」

 ちぃちゃんがゲームに興味を示すなんて珍しいな。ちぃちゃんは家でもゲームなんてしないし、拓斗さんがやってるのを見ていただけだったから。

 だからちぃちゃんがやってみたいゲームに、すごく興味がある。

「なんのゲームなの?」

「こっち」

 ちぃちゃんに手を引かれてやってきたのは、リズムゲームの筐体がある場所だった。

 確か、これって……。

「ちぃちゃん。これって前に健太郎君がやってたゲームだよね?」

 去年の十一月、私たちの全国大会が終わったあとの打ち上げで、真人、一哉君、健太郎君、茜さんの六人でここに来た時、健太郎がやっていたゲームだ。

 あの時の健太郎君の手の動きが本当に速くて何をしているのか全然わからなかったのを覚えている。真人も驚いてたっけ。

「うん。何度かデートでゲーセンに行ったこともあって、健太郎がやってるのを見て興味が湧いてね。でも結局健太郎の前でやってみたいとは言えなくて……」

「どうして? 健太郎君なら喜ぶと思うし、優しいから丁寧に教えてくれると思うけど……」

「単純に、ちょっとでも経験して健太郎を驚かせたかったのかもね」

 ちぃちゃんがこのゲームをできると知ったら、健太郎君は絶対にびっくりするし喜んでくれる。それは私でもわかる。

「それに、ちょっとでも知識をつけてから健太郎に教わった方が、より飲み込めるはずだから」

「まずは自分だけでやってみて、あとから健太郎君とふたりで上達したいんだね?」

 私が言うと、ちぃちゃんは照れながらも頷いた。

 これもある意味ではちぃちゃんと健太郎君の二人三脚だよね。

「すごくいいと思う。私は賛成だよ」

「ありがとう綾奈。その、ひとりだとめっちゃ緊張するしちょっと心細いから、あたしがやってるのを見ててくれる?」

「もちろん。頑張ってねちぃちゃん!」

 ちぃちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。すごくかわいい。

 ちぃちゃんはすぐに筐体にお金を入れるのかと思ったけど、何かを思い出したように近くのカード発券機に向かった。

 話を聞くと、あのリズムゲームのデータを保存できるカードみたいで、まずはそれを購入して、改めてリズムゲームをプレイしていた。

 簡単な難易度でも悪戦苦闘していたけど、いつの日か上達して、もしかしたら健太郎君と肩を並べられる日が来るのかもしれない。

 そんな先の未来を思いながら、ゲームに熱中するちぃちゃんを見ていた。

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