第846話 真人の機転

 見事にサッカー部からボールを奪った俺。マグレな部分ももちろんあるだろうが、色んな好条件が揃った結果とも言える。

 ボールを奪ってドリブルで敵陣に乗り込もうとする俺は、今こう思っていた。


 ど、どうしよう……。


 確かにサッカーの特訓はかなりやってきた。それこそテストで順位を落とすほどに。

 だけど、俺がやってきたのはそのほとんどがディフェンスの練習だ。

 ボールをコントロールする練習やリフティングはひとりの時でもやっていたが、オフェンスに関する練習なんか、修斗といる時でもほとんどやってこなかった。

 味方にパスを出せばいいと思ったが、俺より前にいるクラスメイトは全員誰かしらにマークされている。敵はもちろん、味方の実力もわからない以上、下手にパスを出せばカットされてしまう可能性が高い。だから俺が上がるしかなくなる。

 頼みの綱の高木は……見渡してもいないな。

 ここでひとり、俺からボールを奪おうと向かってくる男子がいた。メガネをかけたちょっとインテリっぽい生徒だ。

 ここまでの試合でほとんどボールに触れていないのを見ていたから、きっとサッカーの経験はない。

 それならと思い、俺はその生徒と対峙し、ぎこちないボールさばきながらも、その生徒を抜き去る。

 修斗との特訓……やっぱり活きてるな。

「なかすじぃぃぃぃー!」

 後ろから俺を呼ぶ大きな声……相手のサッカー部だ。

 俺からボールを奪おうと必死になって追いかけてきている。

 どうする? さっきのインテリ君には通用したが、俺の実力では、たとえ冷静なプレーができないにしてもサッカー部相手では抜けないし確実にボールを奪われる。

 それでも体力の減っている相手に追いつき、数人で取り囲んでしまったら再びボールを奪うのも不可能じゃない。

 だけどいいペースをここで断ち切りたくないし、ボールを奪われると最悪同点に追いつかれてしまうかもしれない。

 だとしたら、このボールは絶対に奪われるわけにはいかない。

 試合時間はあと一分ほど。ここでダメ押しの追加点を決めることができれば逃げ切れる。

 相手のサッカー部が俺に並んだ。やっぱりドリブルをしながらだと上手く走れないな。

 この瞬間、ある考えが頭をよぎった。

 そしてその直感を信じ、俺はノールックで真後ろにパスを出した。

「な、なんだと!?」

「っ! な、ナイスだ中筋!」

 俺の直感は見事に的中……高木が、まだ俺の後ろにいてくれた。

 敵陣の半分くらいまで攻め込んでも、高木の姿が見えなかったので、もしかしたらと思ったんだけど、どうやらうまくいったようだ。

 分の悪い賭けかと思ったが、予想が的中して心底安堵する。

 そして安堵した俺の耳に、大きな歓声とどよめきが聞こえた。

 まさか俺があんなプレーをするとは誰も思っていなかったようだ。もちろん俺も含めてだが。

 俺からパスを受けた高木はそのままドリブルで突き進む。相手のサッカー部はまだ驚いているようで追いかけない。

 ハッと我に返り追いかけるも、ボールを持ったそいつはもうゴールと目と鼻の先。

 相手のディフェンダーがふたり、そして両サイドからもふたり来ているけど、そいつらは間に合わない。

 ディフェンダーふたりをかわし、キーパーと一騎打ちに持ち込むと、そのまま右足を振り抜きシュートを放つ。

 シュートはかなりのスピードで、相手キーパーは反応できずに、ボールはゴールネットを揺らした。

 その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り、俺たちは2対0で勝利し、二年生の決勝へと駒を進めた。


 整列、そして礼をしてグラウンドを離れようとした時、高木と相手のクラスのサッカー部が俺の元にやって来た。

「な、なあ中筋。お前、以前サッカーやってたのか!?」

 その疑問はもっともだよな。

 素人だと思ってたヤツがサッカー部を止めるし、ノールックパスまでやってしまったわけだから。

 隠していても意味はないので正直に話す。

「いや、今日のために二週間くらい特訓しただけだよ。俺がいた中学の現サッカー部エースにも手伝ってもらってね」

「だとしても、あのノールックパスは……」

「あれはマジでマグレだよ。追いつかれたら絶対にボールは取られるし、周りを見ても高木はいなかったから、もしかしたらと思ってやっただけ」

「……それであの状況であの判断は中々できるもんじゃないぞ!」

「だから言っただろ? マグレって」

 もう一度やれと言われても、きっとできない。

「とにかく決勝も頑張ろうな」

「お、おぉ……」

 グラウンドを出ると、いや出る前からだけど、なんかみんなが俺に拍手を送っていてちょっとびっくりした。

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