第845話 特訓の成果
この試合の残り時間もあと五分もない場面、俺はもう何度目かもわからない相手のサッカー部との対決をしていた。
最初の方こそ何もできないで、それこそドリブル練習のコーンのように簡単に抜かれていた俺だが、試合が終盤になったこの局面では違う。懸命に相手に抜かれないように食らいついていた。
「くっ……!」
相手もあまり余裕がないのも表情を見れば明らか。おそらくだが、俺相手に実力のほとんどを出しているはずだ。
俺もやっとだが、相手の動きが読めるようになってきてくらいつけるようになっていた。
そりゃそうだ。一体何回直接対決させられたと思ってるんだ。こうも続けば相手の動きの癖なんかもちょっとだけだが理解できるようになる。
それにここまでボール支配率が相手にある原因のひとつは、間違いなく今も俺の後ろにいるクラスメイトのサッカー部、高木だ。
高木のサッカー部内での実力は知らないけど、積極的に攻撃に参加しようとはしていない。ボールを奪っても、今俺と対峙しているこいつとの対決で、ほとんどボールを奪われている。
単純に実力差なのか、元々クラスメイトの方はフォワードではないのかはわからないけど、何度も同じような展開になっているのはまず間違いない。
「おいっ、何やってんだ!」
俺の後ろから強い言葉が飛んでくる。それは高木が、俺と対決しているやつに放った言葉。
現役サッカー部が俺のような素人に止められている状況が我慢ならなかったんだろう。
いや今は敵じゃないか! とツッコミを入れられてもおかしくない発言だが、誰もそれを言わない。
多分俺とこいつの対決をみんな見てるから、俺たちよりは気にならないんだろう。
俺も今は集中しているからツッコミはしない。
「くそがっ!」
今までで一番速いスピードで俺を抜き去り、そのままシュートを放つが、ボールはゴールから大きく外れてしまう。
余裕がなく精彩を欠いてしまえば入るシュートも入らないというもの。
そんな相手のサッカー部を目にして、俺は確信する。
あのスピードはあいつのマックススピード。そして、そのスピードをもってしても修斗には敵わないということ。
自分が蹴ったボールを見ながら、悪態をつきながら戻っていく相手のサッカー部。
俺を睨みながら戻っていく姿を見ながら、俺はまた必ずこっちから攻めてくると予想する。
俺は一度目を瞑り、深呼吸をして心を落ち着けさせる。
冷静になって相手をよく見ろ。
修斗との特訓を思い出せ。
相手の全力は見た。今の俺ならボールを奪うことも夢じゃない。
次で、奪ってやる。
泉池のゴールキックから試合は再開、ガタイがいいだけあってキック力も相当なもので、軽々とセンターラインを超える飛距離を叩き出す。
ちょうど味方のいる場所に落ちると思ったが、相手がそれをジャンプして胸でトラップしてカットした。サッカーができるのは部員だけじゃなかったということだ。
「オレによこせ!」
ボールを持った生徒がサッカー部にパスし、そいつはうちのクラスの生徒を次々とかわし、俺目掛けて進撃してくる。高木はまたも俺の後ろに。なんで自分から勝負しに行かないのだろう?
俺は簡単に抜かせないように腰を落とすと、相手も止まった。
「くそがっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」
不機嫌を隠すことなく、怒気を俺に向けてくる。
怒っていながらも俺を抜くために必死にボールを操るが、それになんとか食らいつく俺。
「俺は全力でやってるだけだ! 全力でやって、お前を止める!」
「やれるもんならやってみろよ!」
五秒……十秒と一騎打ちの攻防が続く。
この時の俺は相手に集中しすぎていて気づかなかったが、俺たちの対決に周囲から歓声が起こっていた。唯一、泉池からの「行け中筋! ボールを奪っちまえ!」という声だけは聞こえてきた。デカい声だ。
そんなことに気づかない俺は、必死にボールを奪おうとする。
怒って冷静さを失った動き、そしてここまででほとんど使い切ったであろうスタミナが災いしてか、相手の足から一瞬ボールが離れた。
「ここだっ!」
「しま───」
一瞬の隙を見逃すことなく、俺は初めてサッカー部からボールを奪うことに成功した。
その瞬間、さらに大きな歓声が、今度はちゃんと俺の耳に届いた。
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