第838話 散歩する義祖父母

「はっ、はっ、はっ……!」

 ちょっと綾奈とイチャイチャしすぎたので、俺は走って駅まで向かっている。

 とはいえまだ時間的には少し余裕があるし、電車を一、二本見逃しても大丈夫だ。……二本逃すとさすがに駅から走らないとヤバいんだけど。

 まぁ、これもトレーニングの一環と考えればいいか。

 時間にルーズなのはいけないが、滅多にあることじゃないし、綾奈たちがいない……ひとりだからこそできることだし。

「あ」

 歩道橋が見えてくると、見慣れた年配女性の後ろ姿と、見慣れてるけどここに一緒にいるとは思ってなかった年配男性の後ろ姿が見えたので、俺はその人に近づいて声をかけた。

さちばあちゃん、銀四郎ぎんしろうさん。おはようございます」

「あら真人君! おはよう」

「おう真人君! おはよう」

 綾奈の実の祖父母、新田にった銀四郎さんと幸子さちこさんご夫妻だ。

 中三の頃、ここを朝の散歩コースにしている幸ばあちゃんのサポートをしようと声をかけたのがきっかけで、幸ばあちゃんと友達になった。

 銀四郎さんとは今年の元日に新年の挨拶をしに行く綾奈について行った形で出会った。

 それにしても、幸ばあちゃんだけかと思ったらいつの間にか銀四郎さんも散歩に出るようになってたのは驚いた。

「銀四郎さんも散歩するようになったんですね」

「まあなぁ……最近医者に運動しろと言われちまってな……」

 銀四郎さんは後頭部をかきながら苦笑いしている。

「私としては嬉しいことよ。お父さんがこうして重い腰を上げてくれたのだから」

 その後に「ちょっと遅いけど」と付け加えた。いつもの優しい声音だけど、どことなくトゲが見え隠れしている。

「こ、これからはお前と毎日歩くから、言わねぇでくれよ幸子」

「はいはい。うふふ」

 幸ばあちゃんは嬉しそうに笑った。銀四郎さんがお医者さんに言われたからとはいえ、健康志向になったからか、銀四郎さんと一緒に散歩できるからなのか……。

「これからまだまだ暑くなりますから、気をつけてくださいね」

 まだ五月だけど今日は汗ばむ陽気だ。これから梅雨に入り、梅雨が明けたら夏本番。朝と言えど熱中症には十分に警戒しないといけない時期がもうすぐやってくる。

 俺と綾奈がランニングしている時間はもっと早いから熱中症の心配はあまりないが、油断しない方がいいだろうな。

「ありがとう真人君」

「ん? そういや真人君、綾奈と千佳ちゃんはどうしたんでぇ? 近くにはいねぇようだが……」

 銀四郎さんは辺りを見渡して綾奈たちを探している。幸ばあちゃんも不思議に思っているようだ。

「高崎高校は昨日体育祭でしたから、今日はその振替休日なんですよ」

「そうなのね。いつもいる綾奈がいないと、真人君も寂しいんじゃないの?」

「さ、さっきまで綾奈と一緒にいたので、今はそこまででは……」

 これでさっき綾奈に会っていなければ、綾奈がダイエットを決意した日の朝ほどではないにしろ、寂しい気持ちが強く出てしまってだろうな。

「あらそうなのね。うふふ」

 幸ばあちゃんが指で口を隠しながら笑った。なにか含みがありそうな笑い方だ。

 それに気づいたのか、銀四郎さんが幸ばあちゃんに声をかけた。

「ん? どうしたんでぇ幸子?」

「綾奈と真人君は、さっきまでしてたみたいだから、微笑ましいと思ったのよ」

「さ、幸ばあちゃん……!」

 幸ばあちゃんに俺と綾奈がさっきまでイチャイチャしていたのをあっさり見抜かれてしまい、俺の頬が熱くなる。

 まぁ、この人も俺と綾奈の仲の良さをよく知る人だからなぁ。見抜かれても何も言えない。

「お、そうなのか! 綾奈は相変わらず真人君が大好きなんだな! がはは」

 銀四郎さんは笑いながら俺の背中をバシバシと叩いてきた。この人は言葉通りの意味で解釈してそうで、イチャイチャしていたとは思ってないのかもしれないな。

「お、俺も綾奈は大好きですから」

 細かいことだとは思うけど銀四郎さんの言葉を補足しておいた。

 俺たちの想いはどちらかの一方通行ではない、とてもとても大きな想いで繋がっているから。

「うふふ。あなたたちが仲良いのは、私たちもとっても嬉しいことだから、真人君。これからも綾奈と仲良くしてね」

「そうだな。真人君、俺たちの大事な孫を頼むぞ!」

「はい、任せてください!」

 俺はちょっとオーバーに頷いてそう言った。ここで力強く言っとかないと、なんだか銀四郎さんに突っ込まれそうだし、俺の綾奈への愛は本物だから……。

「あらお父さん。真人君だってもう私たちの孫ですからね」

「お、そうだったな!」

「お、おふたりとも……」

 嬉しさと照れが同時に襲ってきて、俺は右手の甲で口を隠した。

 その後、幸ばあちゃんが時間を気にしてきたので、スマホを見るとけっこういい時間になっていた。

 俺はおふたりに別れを告げ、駅へと走った。

 結局いつもの電車より一本後の電車に乗って、学校へと向かった。

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