第833話 綾奈のリードで

 公園へとやってきた。

 まだ空は明るいから、もしかしたら子どもや保護者の方がいるかと懸念していたけど、誰もいなかった。

 もう一時間もしないうちに夕食時となるから、その準備をするために帰ったあとなのだろう。

 こちらとしては好都合だ。

「誰もいないみたいで良かったね!」

「そうだね」

 綾奈も公園に俺たち以外いないことに喜んでいるようだ。誰かいたら当然イチャイチャできないもんな。

 俺も、公園に誰もいないのがわかって、イチャイチャしたいって気持ちが強くなってきた。

「とりあえず、ベンチに座ろうか」

「うん!」

 俺たちは手を繋いだまま、公園に入り、奥にあるいつものベンチに行き、土埃を払って座った。

「おっと……!」

 座った直後、綾奈は俺に抱きついてきた。

 いきなりでちょっとびっくりしたけど綾奈を抱きしめる。

 ……座ってすぐこれということは、綾奈はまた甘えモードに入ってるな。一日に複数回ってのもかなり珍しい……というか初めてじゃないか?

 まぁ、今までは甘えモードに入ると綾奈が満足するまで甘えさせ、イチャイチャもしてきたから、同じ日に二回以上なんてなかった。

 あの体育祭の場……何百人もの目があったからなぁ。あの場であのままイチャイチャできる勇気は俺には……いや、誰にもない。甘えモードに入った綾奈も同じだろう。

 でなければお姫様抱っこをしたあの状態で抱きついてから、キスもしていたに違いない。麻里姉ぇや江口さんの言葉も聞こえずに。

 俺は、俺に抱きついたままの綾奈を抱きしめ、頭を撫でながら次の行動を考えていた。

 付き合って約七ヶ月半、甘えモードも何回も見てきたから、綾奈の行動パターンも理解しているつもりだ。

 この後は俺をその可愛すぎる上目遣いで見て、キスをねだるだろう。

 そう予想して数秒、綾奈は顔を上げて頬が紅潮し、瞳も潤ませながら上目遣いで俺を見てきた。

「っ!」

 予想はしていたが、可愛すぎるのでドキドキはする。いくら予想しようが逆らえない。

 そして綾奈は顔を近づけ、俺の唇を自分の唇で塞ごうと───

「んっ……!」

 綾奈は俺の首筋にキスをした。

 予想外、そして綾奈の柔らかくみずみずしい唇が俺の首にそっと当たったことで変な声が出てしまった。

 綾奈の唇が俺の首の上からゆっくり下がり、背中に電気が走る。

 何度かそれを繰り返し、ゾクゾクした感覚に俺もちょっと変な気持ちになっているのを自覚していると、綾奈は唇を離して、今度は俺の頬に口付けをした。

「あ、綾奈……」

 頬につけたまま唇を動かすものだからくすぐったい。笑いは出ないちょっとした……だけど心地いいくすぐったさだ。

 十五秒か二十秒くらいだろうか、それくらいの時間、綾奈は俺の頬にキスをし続け、ゆっくりと唇を離した。

 首、そして頬とくれば、次にキスをする場所はかなり絞られてくるわけで……。

「……」

 さっきよりも潤ませた瞳でじっと俺を見つけてくる綾奈。それだけで次はどこにキスをしたいのかが手に取るようにわかる。

 その瞳はじっと俺を捉えたまま、綾奈は両腕を動かして俺の首に手を回した。

 すぐに唇にキスをしてくるかと思ったけど、綾奈は動かない。俺に熱い眼差しを送り続けている。

 俺も早く綾奈とキスをしたいから、俺から顔を近づけてもいいけど、なんとなく、本当になんとなくなんだけど、今日は綾奈がリードしたいのかなと、そう思った。

 ちょっと失礼な言い方になってしまうが、甘えモードになっている綾奈は言動がいつもより幼くなる。本当に自分からリードしたいと思っているのであれば、俺からキスをしたら、その後にもしかしたらむぅ案件になってしまうかもしれないから、今は受けに徹底した方が懸命だ。

 そう判断した俺は、そんなお嫁さんがとても可愛く、とても愛しく思い、自然と口が弧を描きながら、ゆっくりと目を閉じた。

「ましゃと……」

 小さく俺の名前を呼んだと思ったら、俺の首に回していた手に力が込められた。

 もちろん抵抗などせずにされるがままになる俺。

 ゆっくり、ゆっくりと綾奈との距離がなくなる。目を瞑っていても、綾奈の顔が近くなっている感覚がある。

 綾奈は俺を引き寄せ、そしてキスという形で、俺を優しく受け止めてくれた。

 俺も綾奈のそこの見えない深い愛情を感じながら、しばらく夢中で綾奈とキスをし続けた。

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