第832話 帰ってきた三人
体育祭は『青龍』の逃げ切り優勝で終わり、今は夕方。そろそろ綾奈たちが帰ってくる時間だ。
閉会式まで見届けたあと、俺は弘樹さんの運転する車で家まで送ってもらった。その車内で、綾奈と会うから綾奈が帰宅するのが遅くなるかもしれないことをおふたりに伝えたのだけど、おふたりは考えるまでもなく了承してくれた。
俺がついているから心配はしていないと言ってくれて、胸が温かくなった。
なにをするかなんて、あのおふたりは絶対にわかっているはずなのに、口にしなかったのもありがたかった。
「おっ」
駅の構内に入ったのと同時に、綾奈たちが乗っているであろう電車がまもなく到着するというアナウンスが聞こえた。時間ピッタリに着いたみたいだな。
それから一分ほどで電車がホームに入ってきて、ドアが開くと同時に多くの人が降りてくる。
日曜日だからどこかに遊びに行った人たちが帰ってきているのだろう。ほとんどの人が私服だ。
中には高崎の制服を着た人もいるが、綾奈はまだ出てこないみたいだ。
こういう時には、綾奈じゃなくて綾奈の隣にいる歩くランドマークこと千佳さんを探す方が難易度は下がる。
長身に色素の薄いオレンジ色の髪をしているから目立つ。
俺は千佳さんの髪を見つけるために目線を真っ直ぐにして探す。
ほどなくして千佳さんっぽい髪を見つけたと思ったら、千佳さんが顔を横に向けてポニーテールがちょっと揺れた。
綾奈と話でもしてるのかな?と思って千佳さんの髪を見ていたのだが、駅から出ようとしている人ふたりが俺を避けるために左右にわかれた瞬間、そこから綾奈が現れてそのまま俺にダイブしてきた。
「おっと……!」
ほとんど不意打ちみたいな感じだったから、受け止めた衝撃で二歩後ろに下がった。
今回のはちょっと危なっかしかったな。それほどまでに俺に会いたかったと思えばすごく嬉しいけど、やっぱりここはちゃんと言わないとだな。
「おかえり綾奈。でもさっきのはちょっと危なかったよ」
「ただいま真人。ちぃちゃんが真人を見つけたって言って、それで早く会いたくて……ごめんね」
「嬉しいけど、今度から気をつけてね」
「うん!」
綾奈は謝るとポスッと俺の胸に顔を埋めたので、俺は綾奈を優しく抱きしめた。
「あんたたち、相変わらずなのはいいけど他の人の移動の邪魔になりかねないからあとでやりなよ」
「あ、ああ……ごめん千佳さん」
俺は綾奈をゆっくり離して周りを見ると、行き交う人みんな俺たちを見ていた。日曜日の夕方でいつもより人が多いからちょっと……いや、まあまあ照れてしまった。『ちょっと』は平日のあまり人がいない時だな。
千佳さんから遅れること数秒、ふたり以外の知り合いがやって来た。
「……千佳先輩。綾奈先輩っていつもこうなんですか?」
若干呆れながら千佳さんに質問したのは八雲さんだ。大方、綾奈と一緒に帰るためにふたりに付いてきたんだろうな。
憧れの先輩の知らない一面を目の当たりにして、八雲さんは喜ぶかと思ったけどそんなことはなかった。
さっきの借り物競争でも見たのに、綾奈が自分からこんなに俺に甘えるのがちょっと信じられなかったのかな?
「いつもこんな感じだよ」
さらっと言った千佳さん。事実だから何も言えない。
「こんな大勢の人前でよくできるといいますか……真人先輩も恥ずかしがってないし」
「いや……俺はちょっとだけ恥ずかしい、よ」
さすがに完全には羞恥心は消せないって。
「えへへ~♡」
綾奈は……うん。俺の腕に抱きついている。甘えモードになっているせいか恥ずかしさは皆無みたいだ。これも平常運転。
……あれ? そういえば八雲さんもこの前、高崎の駅の構内で、俺に抱きついている綾奈に抱きついてたよな? あれは恥ずかしくなかったのか?
「……な、なんですか真人先輩?」
「いや、なんでもない」
多分八雲さんも気持ちが振り切れてたんだろう。
たまに俺に容赦ないけど、これをここで言うのはなんだか可哀想な感じがするからやめておこう。綾奈とイチャイチャする時間も減るし。
「ほら夕姫。疲れたからとっとと帰るよ」
千佳さんはそう言いながら八雲さんの背中をポンと押した。
「え? 綾奈先輩は……?」
「乃愛も言ってたっしょ? イチャイチャ夫婦って。ふたりが揃ってるんだから野暮なことは言いっこなしだよ」
「ああ、なるほど……」
八雲さんは理解したのか、すんっとした表情で俺だけを見た。いやなんで俺だけ!? 綾奈も見なさいよ。
やっぱりこの子は俺には容赦というか遠慮がないな。
「そんじゃ真人。綾奈のこと頼むよ。あと、明日の球技大会、頑張んなよ」
「ありがとう千佳さん」
「私もとりあえず応援してるんで、頑張ってくださいね」
「……ちゃんと応援してるって言わないあたり八雲さんらしいな。でもまあ、ありがとう八雲さん」
ふたりは俺たちに手を振りながら、先に構内を出た。
「俺たちも行こうか綾奈」
「うん!」
ふたりが見えなくなるまで見送って、俺たちも続けて外へと出て、公園へと移動した。
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