第830話 拗ね拗ねモード
千佳さんと後輩四人が先にそれぞれのチームに戻ったが、綾奈はまだこの場に俺と一緒にいる。
俺が綾奈の頭から手を離してすぐに俺の手を握ったんだけど、今は最初に握った時よりも強い力で握られている。
綾奈も自分のチームのところに戻らないでいいのかな?という疑問はあるけど、綾奈はもう参加する競技がないから、おそらく戻る必要もないんだろう。
競技に参加しない生徒は自分のチームのテントで応援しなければならない……なんてルールもないみたいだし。
もしそんなルールがあったらさっきの八雲さんたちみたいにこっちに来れたりしないし、チアガールコスでの応援、江口さんの賑やかな実況に麻里姉ぇの解説、チアガールコスのまま競技に参加オーケーとしている高崎高校が変なところでお堅いルールを設けるのも変な話だしな。
現に今、ここの生徒のご家族の人も、高崎の生徒の人もここを歩いてるし。やっぱり移動は自由なんだな。
今は借り物競走の次の競技が行われている。残りは綱引き、男女混合二人三脚、チーム対抗リレーを入れて五つ。最終競技のあとは閉会式だから、リレーが始まる前には綾奈も戻った方がいいのかもしれないな。
「むぅ~……」
綾奈からいつもとは違う『むぅ』が聞こえた。
いつもはヤキモチ全開の『むぅ』なのに、今回のはヤキモチの他に別の感情が混じってる気がする。
頬はいつもの通り膨れているが……。
ここは流したらダメだよな?
「綾奈? どうしたの?」
「……真人が、後輩の女の子にチヤホヤされてたから……」
「え?」
チヤホヤ……されてたのか? 自分ではいまいちわからなかったけど。
中学時代、八雲さんも含めて全然喋らなかった子たちがいきなり親しく話しかけてきて、ちょっと距離感が近い場面は確かにあって、綾奈もちょっと怒ってたけど、懐かしさと綾奈の指輪の興味だけだった気がするけど……これって、もしかして……。
「綾奈……ちょっと拗ねてる?」
「むぅ~……!」
やはり当たっていたらしく、綾奈はまた『むぅ~』と言って、至近距離から軽く体当たりしてきた。もちろん痛くはない。
拗ねて攻撃してきたけど、繋いでいる手は決して離そうとしないところがまた可愛い。
「ごめんね綾奈。でも、俺からあの子たちに強く離れてなんて言えないからさ……」
ああいう時の対応は相手が女の子だとどうにも強く出れないんだよな。
離れてと柔らかく言っても、もしかしたら相手を傷つけてしまうかもしれないし。
綾奈のためを思うなら俺から距離を取るのもひとつの手ではあったな。今さら思いついても意味はないけど。
相手を傷つける傷つけないじゃなく、綾奈を想って時には言わないといけなかったな。
「うん。真人、優しいもんね」
そう言ってくれるのはありがたいが、今回ばかりはちょっと耳が痛い。
それから綾奈は数秒うつむいて、そのあと上目遣いで俺を見て言った。
「……体育祭が終わったあと、甘えさせてくれる?」
「もちろん。そんなことでいいなら喜んで」
それで綾奈の機嫌が直るのならいくらでも甘え倒す!
「じゃあ、電車に乗ったらメッセージを送るから、迎えに来てくれる?」
「わかったよ。待ってるね」
「うん!」
体育祭のあとは片付けが待っている。だからここの生徒はご家族とは一緒に帰れない。
多分綾奈たちが駅に戻ってくるのは夕飯時の少し前くらいか。
どこで甘えてくるのかはわからないけど、綾奈の気の済むまで一緒にいるつもりだ。
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