第829話 綾奈のいつもの
俺がおそるおそる後ろを振り向くと、体操着姿でにこにこ笑顔の綾奈がそこに立っていた。
そしてその少し後ろで千佳さんが嘆息混じりに俺を見ていた。
「真人……あんたなんでちょっと目を離した隙に女子に囲まれてんのさ?」
「い、いや、この子たちが綾奈の指輪を見たいって言って……」
千佳さんは俺の手の上に乗ってあるペンダントと指輪を一瞥し、「そういうこと」と言った。察しのいい千佳さんはそれだけで状況を理解してくれたようだ。
というか『ちょっと目を離した隙に』って……俺はよく問題を起こす子どもかなにかと思われているのか?
「ま、あんたが自分から他の女子にくっついたり、綾奈の指輪を見せつけたりするわけないか」
「そりゃそうだよ。綾奈を傷つけたくないからね」
俺が自分からくっつきに行く女の子は綾奈だけだ。他の人に自分からパーソナルエリアに入ろうものならセクハラになってしまう。
とりあえず千佳さんはもう大丈夫だと思い、綾奈に視線を戻したんだけど、綾奈はいまだににっこにこの笑顔で俺たちを見ている。宇宙一可愛いお嫁さんなのに、笑顔からプレッシャーを感じる。
というかこの子たち離れないな。そのままの位置で俺と同じように綾奈を見ている。
八雲さん以外は優しくて穏やかな綾奈しか知らないからか、初めて感じる綾奈の雰囲気にのまれてしまって身動きができないのかもしれない。まさしく蛇に睨まれた蛙状態だ。
あ、綾奈がゆっくりと一歩、また一歩と俺たちに近づいてくる。
綾奈が近づくにつれて笑顔のプレッシャーが強くなり、三人は俺から少し離れた。
思わぬ形で三人から解放された俺は、体ごと綾奈に向き直った。手にはいまだに指輪とペンダントが乗ったままだ。
俺の一歩手前で立ち止まった綾奈は相変わらずの笑顔で俺の顔を見ていた。久しぶりにいつもとは違うドキドキを感じながら、俺もお嫁さんの顔を真っ直ぐ見る。
綾奈ゆっくりと視線を俺の顔から手のひらの上のものに動かした。
程なくして綾奈は、ゆっくりと自分の右腕を動かし、俺が贈ったピンクゴールドの指輪に触れ───
「……えへへ♡」
放っていたプレッシャーが一瞬で霧散し、いつものふにゃっとした笑みを見せ、当然のように俺の心臓は大きく跳ねた。
「綾奈のいつものが始まったね……」
綾奈の様子を見ていた千佳さんがそんなことを呟いた。『いつもの』ってことは、千佳さんの前ではしょっちゅうこんな顔になってるのか?
「千佳さん。いつものって?」
「ああ、綾奈は学校にいるあいだ、最低一回はああやって真人からもらった指輪を見ながらにやにやしてるんだよ」
「マジで!?」
俺もまぁ、不意に指輪を見たらちょっとニヤッてしちゃう時はある。学校にいるあいだは一哉たちにイジられるから極力しないように心がけてるけど。
千佳さんがこう言うってことは、綾奈は人目があろうがなかろうが関係なしに指輪を見てふにゃっとした笑みを見せてることになる。
男子もこの笑顔を見てることにちょっとだけ複雑な気持ちになってしまったけど、指輪をプレゼントして五ヶ月、いまだにこれだけ喜んでくれていることをすごく嬉しいと感じている。
そう思ったら、俺のもう片方の手は自然と綾奈の頭の上に乗せていた。
「あ……」
指輪を見ていて気づいてなかったのか、手を頭に乗せた瞬間ピクッと肩が跳ね、驚いた様子で俺を見たが、すぐにふにゃっした笑みに戻った。
それを見てドキッとし、俺はそれを悟らせないためも含め、綾奈の頭を撫でる。気持ちよさそうに撫でられている綾奈は目を細めている。されるがままの状態だ。
「すご、綾奈先輩……中筋先輩の前だとあんな顔になるんだ」
「気持ちよさそうで幸せそうで……めっちゃ可愛い」
「綾奈先輩、本当に中筋先輩が大好きなのね」
この子たちもだけど、行き交う人にめっちゃ見られている。
借り物競争でお姫様抱っこをした夫婦……ゴールしたらそのまま俺に抱きついた綾奈と、この学校の美人教師に頭を撫でられた俺という目立ちすぎる存在が学校で普通にイチャイチャしてたら目を引くよな。
ちょっと視線に耐えられなくなった俺は綾奈から頭を離すと、綾奈はちょっと不満なのかしゅんとしてしまった。
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