第828話 指輪を見たい後輩たち

「ところで中筋先輩。綾奈先輩がしている指輪って、中筋先輩がプレゼントしたんですよね!?」

 ショートの後輩がテンション高めに言った。

「そうだよ。クリスマスイブにね」

 特に隠す必要もないし、綾奈は常日頃から指輪を着けているから隠しても意味はないと思って普通に答えた。

「ですよね! 綾奈先輩が着けてるのを見て、可愛いって思ってたんです」

「じゃあ、クリスマスイブに綾奈先輩にプロポーズしたんですか!?」

 八雲さん以外のみんなはテンションが上がってきゃーきゃー言っている。

 八雲さんは冷静というか、リアクションがちょっといまいちだ。大好きな綾奈が他の男に取られるのが嫌なのかな?

「まぁ、ちゃんとは言ってないけど、一応、ね」

 俺は照れながら言った。

「ちゃんとはって……真人先輩、日和ったんですか?」

「日和ってない! その言葉は大人になって、ちゃんとした物を贈る時まで取ってあるだけだよ」

 プロポーズは一生に一度、大好きな人に言う特別な言葉だ。だから本当に結婚を申し込む時に言うつもりだ。だから高校生のうちからじゃなく、ちゃんと大人になってからと考えた結果だ。

「指輪を贈るって、中筋先輩は最初から決めてたんですか?」

「いや、クリスマスプレゼントに悩んでて、それでさっきのイケメンの健太郎と一哉のやつが提案してくれてね」

 あの時、俺はふたりが茜と千佳さんに贈るプレゼントをマフラーにしたから、俺もそうしようとマフラーに手をかける直前に、その手を一哉に止められて指輪を提案された。

 さすがに重すぎると思ったんだけど、結果綾奈は涙を流しながらその指輪を受け取ってくれた。だから、俺と綾奈の今の関係はあいつらがいたからこそだ。

「あれ? でも今日綾奈先輩の指輪を見てないような……」

 八雲さんが首を傾げながら言って、三人も「そういえば……」と続いた。

 さすが八雲さん。綾奈をよく見てるな。

「今日は汚れるかもしれないからって、俺が預かってるんだよ」

 俺がそう言うと、三人が一斉に俺を見た。急にだったからちょっとビビった。

「あの、中筋先輩。もし良かったら、綾奈先輩の指輪を見せてもらえませんか?」

「え? でもみんなもよく見てるんじゃ……」

 本当に他意はなく、部活で普通に見てるんだろうなと思ったからそう言った。

「そうなんですけど、でもあんまりまじまじと見たことがないから……」

「だからお願いします!」

「します!」

「わかったよ」

 そこまで頼まなくても全然見せるけどな。綾奈も許してくれるだろうし。

 俺は首元から服に手を入れ、ペンダントのチェーンを優しくつまみ、ゆっくりと引き上げ、ペンダントトップと指輪を俺の掌の上に乗せた。

 三人は「うわぁ~」と言いながら俺のそばに来て綾奈の指輪を眺めている。

 ……いや、ちょっと近くない? というか普通に腕とか当たってるんですけど。両方。

 もうひとりも正面から見てるけどやっぱり近い。

「やっぱり可愛いよね?」

「うん。色も可愛い」

「いいなぁ綾奈先輩。こんな指輪もらえて」

「みんなって彼氏は?」

「私はいますけど、中筋先輩たちほど仲良くないっていうか……」

 そう言ったのは正面にいるショートの子だ。この近さで顔を上げるものだからびっくりした。けしてドキドキはしていない。

「真人先輩たちより仲良かったら、それこそこういう公衆の面前でチューしてるんじゃないの?」

 三人の近くにいた八雲さんが苦笑いをしながら言った。

「君は本当に俺に対して遠慮がないな……」

 そのツッコミは俺だけじゃなくて綾奈のことまで言ってるって気づいてるのかな?

「夕姫はこの指輪、可愛いとは思ってないの?」

「そうは言ってないよ。私も可愛いって思う」

 ここで俺はちょっとしたイタズラを思いついた。

「八雲さんは最初、この指輪を綾奈に贈ったのは中村だと思ってたんだよな?」

「っ! そ、その話はしないでくださいよ!」

 八雲さんは顔を赤くして慌てている。

 いつも言われてるのは俺だから、たまにはこういうのもいいよ……な?

「あはは、ごめんごめん」

「真人先輩イジワルです……」

 その言葉はそっくりそのままお返ししたい。

「中村先輩かぁ。そういえば綾奈先輩と噂あったよね?」

「一緒にいるところをよく見てたからね」

「でも結局何もなかったみたいだけど」

 どうやらこの子たちは『同盟』のメンバーではないみたいだな。もし『同盟』のメンバーならもっと騒いでいただろうから。

 というか……。

「あの、そろそろ離れて……」

 三人はまだ俺から離れない。というか今度は綾奈の指輪から俺のペンダントに興味を持ってしまった。

 う~ん……強く言わないといけない場面なのはわかってるけど言いにくい。この時間を堪能したいとかじゃなく、単純に女の子に強く言えないだけだ。

 でも、そろそろ綾奈が戻ってきそうだし、やっぱり離れてもらった方が───


「みんな、私の旦那様に何してるのかな?」


「「「「「!?」」」」」

 後ろからよく通る綺麗な声が聞こえて、俺は背中に寒気が走った。

 この声は、もしかしなくても───

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る