第826話 愛情独り占め
『中筋君。二度もお疲れ様』
『綾奈を抱えながらよく頑張ったわね。偉いわ』
麻里姉ぇがそう言いながら俺の頭を撫でてきた。綾奈を抱えたままだから何も抵抗できない。
「ちょっ、麻里姉ぇ!?」
こんなところで俺を甘やかすのはやめて。嬉しいけどみんなの視線をすごく感じる。俺たちのあとにゴールした人たちや、既に借り物競争を終えて待機しているみんなもめちゃくちゃ驚いている。こんな麻里姉ぇ、見たことないんだろうな。
『仲良し義姉弟タイムは後ほどやってもらうとして、まずはお題の確認です。綾奈ちゃん、紙を……って!』
綾奈は江口さんの声が届いていないのか、俺の首の後ろに自分の両手を回して抱きついてきた。
「あ、綾奈……!?」
これ、完全に甘えモードに入っている! 周囲の目を気にしていない!
『おおっと! 頑張った旦那様に熱い抱擁! イチャイチャを見せつけてくれます! というか中筋君、我が校の有名姉妹の愛情を独り占めです!』
「いや、麻里姉ぇのまで独り占めした覚えはないんだけど……」
麻里姉ぇの愛情は翔太さんのものだし。
江口さんがマイクを口から離して言った。
「でも、嬉しいでしょ?」
「そ、そりゃ、ね」
こんな美人姉妹からこんなことされて、嬉しくない男なんていないよ。
だけどこれ以上時間が押したら学校全体に迷惑がかかるので、俺は綾奈をゆっくりと下ろし、ちょっとふくれっ面の綾奈からジャケットを受け取ってそれを羽織った。
「じゃあ綾奈ちゃん。お題を見せて」
「うん。これだよ」
甘えモードが解除された綾奈は紙を江口さんに見せた。
『西蓮寺選手のお題は……『オタク男子のお姫様抱っこ』! ですが、これは……』
江口さんが言い淀んだ。
珍しいと思いながら江口さんを見ていると、お題がセーフかジャッジしている先生と話をしていて、少ししてマイクを口に持っていった。
『審議です! 私も中筋君がオタクなのを知らなかったので審議が入ります!』
「えっ!?」
綾奈はめっちゃ驚いている。もちろん俺も。
そういや江口さんたちに俺がオタクってのを言ってなかったな。
「乃愛ちゃん。真人はオタクさんなんだよ!」
「私も春休みに真人の部屋に行ったことがあるけど、マンガやライトノベル、フィギュアもあったわ」
綾奈たち姉妹がこう言ってくれているが、ジャッジを下す先生は首を横に振っている。綾奈や麻里姉ぇが知っていても家族だからって理由で無効になった。
江口さんが「う~ん……」と言いながら何かを考えていると思ったら、「あ!」っと言ってまたマイクを構えた。
『この中に中筋君がオタクだって知ってる人、手を挙げてくださーい』
江口さんはそう呼びかけたが……いやいや、他校の生徒の趣味を知っている人なんているわけ───
『あ、夕姫ちゃんは知ってたんだ』
近くにいる八雲さんが手を挙げてくれた。
当時俺のこと嫌いだったのに、知ってたんだな。
……いや、嫌っていたからこそかもしれないな。
『おぉ、夕姫ちゃんの他にも、ちらほらと手が挙がっています』
競技に参加していない生徒が座っている場所で、数人が手を挙げてくれている。同じ中学出身の人だろうか? なんか久弥っぽい人も手を挙げてるな。
観客エリアを見ると、千佳さんと健太郎、そして弘樹さんと明奈さんも手を挙げていた。
ちょっとぶっ飛んだ調べ方だと思ったけど、成果はあったんじゃないか?
江口さんとジャッジ担当の先生が頷きあった。
『セーフです! 西蓮寺選手見事一着でお題クリアです!』
そう伝えると、周りから拍手が送られた。
一時はどうなるかと思ったけど、何とかなってよかった。
「乃愛ちゃん。マイク貸して」
「いいよ。はい」
『みなさん、ありがとうございました! 夕姫ちゃんもありがとう』
綾奈は江口さんからマイクを受け取ると、みんなに向かって感謝を伝えた。
すると、周りから一層強い拍手が聞こえてきた。
さすが綾奈。本当にすごい人気だよな。
……ってそうだ。俺もお礼を言わないとな。
「綾奈。俺も……」
「はい、どうぞ」
『風見高校二年の中筋真人です。僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました!』
俺は深々と頭を下げ、拍手が鳴り止まない中、また健太郎たちの元へと急いで戻った。
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