第823話 チア綾奈、出走

『さーいよいよ二年生もラストの四組目です! この組ではついに西蓮寺綾奈選手が走ります! チアガール姿の彼女がなんのお題を引くのか、私も今から楽しみです!』

「あぅ~……」

 スタート位置についた私に乃愛ちゃんがそんな実況をするものだから、ちょっと恥ずかしくなってしまう。

 この組では私だけがチアガール姿になってるからちょっと……ううん、かなり目立っている。

 私より前に走った人たちの中にもチアガール姿で走った人にも歓声が上がっていたけど、今はそれよりも大きな歓声がテントの中にいる生徒たちから聞こえている。

「西蓮寺さん頑張ってー!」、「応援してるよー!」、「可愛いー!」、「ファイトー!」って、女子からの声援が聞こえてくる。

 同時に男子の「西蓮寺さーん!」、「一位とってくれー!」、「チアガール姿似合ってるよー!」、「世界一可愛い!」、「好きだー!」って声も聞こえてくる。

 なんかどさくさに紛れて告白した人もいるけど、多分冗談だよね? 私には大好きな旦那様がいるのはこの学校の人全員が知ってるんだから……。

 その旦那様を、私は離れたこの場所から見る。表情まではわからないけど、健太郎君とお話をしているみたい。

 そんな真人を見て、さっき夕姫ちゃんと手を繋いで走っていた姿を思い出して、むぅってしてしまう。

 競技だし、夕姫ちゃんの借り物の内容を聞いて、それは真人しかいないって私も思ったけど、夕姫ちゃんが真人を好きかもしれないって思ってたこともあったから、やっぱりちょっとヤキモチを焼いちゃう。

『私たちの近くにいる生徒からも、西蓮寺選手を応援する声が聞こえてきます! さすが、圧倒的人気を誇るがゆえですね!』

『いいお題が書かれた紙を取ることを期待したいですね』

 に、人気があるのかはわからないけど、お姉ちゃんもなかなか難しいことを言ってる。

 どの紙になんのお題が書かれているかなんてもちろんわからないし、そこは完全に運次第になっちゃうから、どうなるかなんてわからない。

 それにお姉ちゃんの言う『いいお題』ってなんだろう? 私は真人と一緒に走れるものだといいな。

「西蓮寺さん、相変わらずすごい人気だよね」

 そう声をかけてきたのは、私の隣にいた私よりちょっとだけ髪の短いかわいらしい人だ。同じ学年なのは間違いないんだけど面識がない。

「あ、あはは……」

 私はどう返していいかわからなかったので、苦笑いをするしかなかった。

「お互い何を引くかわからないけど、頑張ろうね」

「うん。よろしくね」

 私たちが話しているのを見た他の走者ふたりも私たちに「よろしく」って言ってくれたので、同じように笑顔で「こちらこそよろしくね」と言って応えた。

 なんか「ほんとに可愛い」って聞こえた気がするけど……気のせいかな?

「よーい!」

 あ、先生がピストルを上に挙げた。いよいよスタートする。

 私は走ることに集中するために構えた。

 同様に他の三人もスタートに集中する。

 そのすぐあとにパン!と合図が鳴り、歓声が大きくなる中、私たちは一斉にお題が書かれた紙が入った箱に向かって走り出す。

『スタートしま……って、西蓮寺選手速い! 他の三人をいきなり引き離して先頭だ! これが毎朝旦那様と一緒に走り込みをしているたまものか!?』

『本人、そして私たちの両親から聞きましたが、毎朝楽しいって言って走ってるそうですよ』

 乃愛ちゃんの言ったように、私はスタートの合図と同時に全速力でとばした。悪いお題を引いても考える時間を少しでも取れるように。

『西蓮寺選手、今一番で箱の中に手を入れた! 他の選手も紙を取り中を確認している!』

 十五メートルしかないから引き離せたのは一秒ほど。私は一番最初に紙に書かれている内容……借り物を確認する。

「……え? ふえぇぇぇっ!?」

 そして私はすぐに驚いてしまった。

『おっと、他の選手は借り物を探しにトラックから離れたが西蓮寺選手はその場に止まったままだ! 何か驚いた声が聞こえたと思いましたが、何か良くないものでも引いたのでしょうか?』

『ちょっと運がなかったのかもしれませんね』

『さっきの麻里奈先生の言葉がフラグになったんじゃないですか?』

『きっと気のせいですよ』

 乃愛ちゃんとお姉ちゃんの掛け合いもあまり耳に入ってなかったけど、このまま立ち止まっている場合じゃない。

 ちょっと恥ずかしいけど、これをしなきゃゴールできないしチームに貢献もできない。

 私は意を決して全速力で走った。

『西蓮寺選手もようやく再び走り出して……って、綾奈ちゃん、まさか───』

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