第822話 オタクの勘

「た、ただいま……」

 俺は競技の邪魔にならないよう、遠回りをしてみんなのところに戻った。

 ここに戻るあいだ、今もだけど、すれ違う人がみんな俺を見ていたし、今も近くにいる他の人の保護者の皆さんから見られている。

 俺は気にしないフリをしてブルーシートに座った。

「あ、おかえり真人」

 最初におかえりを言ってくれたのは健太郎で、そのあと皆さんもおかえりと言ってくれた。

「それにしても、夕姫があんたを指名するとわねぇ。まぁあのお題じゃ仕方ないけど、他校の体育祭に参加した気分はどうだった?」

「……最初、麻里姉ぇが怖かった」

 確かに他の学校の体育祭に参加したドキドキはあったけど、そっちのドキドキが圧倒的に強かった。

「あー……確かに麻里奈さんの言葉にトゲがあったね……」

 千佳さんは苦笑いをした。

 口調はほとんどいつも通りだったんだけど、やっぱり思うところのひとつやふたつあったって、千佳さんだけじゃなくてこの学校にいる全員が感じ取ったはずだ。

 千佳さんはニヤニヤしながらこう続けた。

「ま、『義弟』と言って可愛がっているあんたが綾奈以外の女に手を引かれて走ってるのを見たらねぇ」

「うぅ……」

 可愛がられている自覚は大いにあるから、照れてしまって素直に「うん」と言えない。

 俺、ここにいるあいだにマジで何回照れてんだ!

「明奈さんたちはどう思いました?」

 千佳さん、明奈さんたちに話を振るのやめて!

「そうねぇ、最初はびっくりしたけど競技だし、それに真人君は綾奈から離れたりしないから」

「俺も母さんと同じだよ」

「ねー真人君?」

「そ、そうですね……」

 明奈さんの言う通り、俺から離れるつもりは毛頭ない。『じゃあなんで指輪を贈った?』ってなるし。

 それよりも明奈さんと弘樹さんからも、さっきの麻里姉ぇと同じような圧を少なからず感じるんだけど……気にしない方が吉だな。うん。

「私たちも、さっきので麻里奈ちゃんが真人君を可愛がってるのは理解したよ」

「麻里奈さん、めっちゃブラコンになってるから。あ、翔太さんも同じだからね」

「麻里姉ぇとはちょっとベクトルが違うけどね」

 翔太さんは基本優しく、時に厳しく俺に接してくれている。ガトーショコラ作りの時は厳しかったけど、それも翔太さんなりの家族としての愛情なんだと理解してるから、今となってはちょっと嬉しい。

 競技に目と意識を向けると、二年生が走っていた。綾奈はまだ走ってないみたいだけど、きっともうすぐだな。

 俺がお題の借り物を探して散り散りになる女子たちを見ていると、健太郎に呼ばれた。

「どうした健太ろ……う?」

 俺が健太郎を見ると、なぜかまたにこにこしながら俺の靴を持っていた。いや本当になんで?

「なんでまた俺の靴を?」

「多分だけど、真人はまた走ることになると思ったから」

「いやいやいや、さすがにそれはないだろう!」

 そもそも根拠がない。健太郎はあまりそういうことを言うタイプじゃないのに今回はどうしたんだ?

「……つまり健太郎は、俺が綾奈と一緒に走るって言いたいみたいだけど、何か理由があるのか?」

「オタクの勘、かな?」

「いや女の勘みたいに言われても……」

 マジで根拠ゼロだったとは……。

「でも綾奈さんなら、もしお題で、さっきの八雲さんみたいに『異性』を引いたら、多少こじつけでも真人を選ぶ気がしてね」

「真面目な綾奈がやるかなぁ?」

 俺たちがそれぞれの紙に書かれているものなんて知ることはできないけど、『人』と書いている確率は低いんじゃないかと今俺は考えている。

 低確率の『人』というお題、ましてや『異性』となるとめちゃくちゃ確率は低くなる。

 綾奈は引きが強い方ではないと思うから、やっぱり健太郎の考えすぎだと思う。

「じゃああんたは綾奈が他の男の手を引いて走ってもいいと?」

「絶対嫌だ!」

 俺は千佳さんの言葉を速攻で否定した。

 この学校の男子はほとんど知らない人だらけだ。それこそ久弥と……あとは阿島くらいしかいない。もしも綾奈が強運(って言っていいかはわからないけど)で『異性』を引き当ててしまい、それが俺か久弥以外が該当しようものなら、俺は確実にヤキモチを焼くし、麻里姉ぇだってさっき以上のプレッシャーを放つに違いない。

「でしょ? 綾奈だって真人以外の男の手を引いて走るのなんて嫌だろうから、何かしらこじつけで真人を選ぶはずだから、健太郎の言うように準備だけはしといた方がいいよ」

「というかそんな都合よく綾奈がピンポイントで引くとは考えにくいんだけど……」

「あたしもそう思うけど、それでも準備だけはしときなよ。オタクの勘ってのも当たるかもしれないし」

「俺もオタクなんだけど……」

 そのわりには健太郎のようには考えれないけど。

「あんたは当事者になるかもだからじゃない?」

「そんなもんかな?」

 千佳さんが「そんなもんだって」と言った直後、高崎生の歓声が起こり、何事かとトラックを見ると、いよいよ綾奈が走る番になっていた。

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