第821話 麻里奈の圧とお題の発表

『八雲選手の借り物はなんと風見高校二年の中筋真人君だ! 先生方、二、三年生の皆さんもちろん、一年生の皆さんももしかしたら聞いていた人もいるんじゃないでしょうか? 去年の我が校の文化祭のイベント、『大告白祭』に飛び入り参加して、想い人の名前を告げずに告白したあのスピーチを! アレを言ったのが彼で、彼は今や我が校ナンバーワン美少女、西蓮寺綾奈ちゃんの婚約者だ! その彼が綾奈ちゃんに憧れる八雲選手に手を引かれて走っている! 麻里奈先生、いかがですか!?』

 江口さんの実況にすごい熱を感じる。もういっそアナウンサーを目指したらいいんじゃないかってほどに。

 あのスピーチは今の高崎生の二、三年は全員聞いていただろうし、もしかしたら名前も覚えられているかもしれない。

 江口さん高らかに『綾奈の婚約者』と紹介してくれたから目立つこと間違いない。だけどこれでまだ綾奈にちょっかいをかけようとしているヤツらがいなくなればいいな。

 というか江口さん……このタイミングで麻里姉ぇに振らなくても───

『……そうですね。八雲さんがなんのお題で彼を選んだのか、ひじょ~に気になりますね』

「こ、怖い! 怖いよ麻里姉ぇ!」

 いつも通りのトーンに聞こえた麻里姉ぇの声。だけどそれにのせられた圧力みたいなものが俺と八雲さんにのしかかってくる。な、なんで俺にも?

「ま、真人先輩。やっぱりキャンセルでもいいですか?」

 俺以上に麻里姉ぇのプレッシャーを感じた八雲さんは、まさかの返品希望を言い出した。

「気持ちはわからんでもないけどダメだろ。ここで俺がポツンと置き去りにされたらいい笑いものだよ」

「真人先輩だけだからよくないですか?」

「八雲さん、たまに容赦ないよね?」

 仲良くなって遠慮がなくなったと思えば嬉しいけど、マジでここで手を離されたら俺は恥ずかしくていたたまれなくなる。

「冗談です。それにこのお題……真人先輩以外はいないので」

 そう言いながら八雲さんは二つ折りにされた紙を見せてきた。

 一体その紙になんて書かれているのかすごく気になるが、ゴールすればそれもわかるか。

 俺たちは手を繋いだまま走り切り、なんとか一位でゴールした。

『八雲選手、見事一位でゴールです! さあそれではお題の確認……』

「……なんで麻里姉ぇまでここにいるの?」

 ゴールする前から見えていたんだけど、麻里姉ぇがテントから出て江口さんの隣に並んでいた。

「だって気になるじゃない。私にはいち早く知る権利があるわ」

「というか絶対に普通のお題だから大丈夫だって」

「そうでなければ困るけど、やっぱりちゃんと見ておかないとと思ったのよ」

『麻里奈先生も中筋君も、義姉弟で仲がいいのはわかるんですけど、ふたりの声、マイクが拾ってますよ』

「!」

 マジか。全然気づかなかった。麻里姉ぇもマイクを持った手を下げてるから油断していた。

 ここから高崎の生徒の皆さんの様子はわからないけど、多分驚いてザワザワしてるんだろうな。

『はい、では八雲選手のお題の発表です! お題は……『最近仲良くなった尊敬する異性の先輩』!』

 なるほど。確かに当てはまる部分もあるな。だけど『尊敬』は絶対ないだろう。仲良い自覚はあるけど、尊敬されるほどのことをした覚えはない。

『これは間違いないですね! 私はこのふたりと友達なんですが、中学からの先輩後輩のふたりが仲良くなった瞬間を先月この目で目撃しましたし、夕姫ちゃんはそれ以降中筋君に懐いているのでセーフです!』

 江口さんの言葉に、ゴール近くにいたジャッジを下す先生がいたが、その先生もオーケーを出したので、八雲さんは一位でゴールしお題もクリアして、チーム『朱雀』に大きく貢献した。

「じ、じゃあ俺は戻るね」

「待ちなさい真人」

 役目を終えた俺は、健太郎たちが待つ場所まで戻ろうとしたんだけど、なぜか麻里姉ぇに呼び止められた。

「麻里姉ぇ?」

「綾奈は多分、真人が八雲さんと手を繋いだのを見てヤキモチを焼いてるから、あとでいっぱい構ってあげて」

「あ……」

 麻里姉ぇに言われて、俺は綾奈が待機している場所を見た。

 すると、距離があるから表情までははっきりとはわからなかったが、チアガール姿の綾奈がこっちをじっと見ていた。

「綾奈ちゃん絶対『むぅ』ってしてそー」

 うん。俺もそう思う。

「借り物競争が終わったら、ちょっと甘えさせようかなと」

 競技が終われば、綾奈は着替えるために千佳さんと合流しようとするはずだ。その時に綾奈を労って頭を撫でて、大勢の人の前でちょっと恥ずかしいけど、ハグもしようかなと考えながら、俺は綾奈に謝るポーズをしてから戻った。

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