第820話 夕姫、出走
借り物競争がスタートし、もうまもなく第三組のレースがスタートしようとしていた。
この借り物競争、各チーム一人ずつ、各学年ごとに四レース、計十二レースが行われる。
借り物競争は四十八人もの生徒が走ることになるけど、お題は全部違うのもなのかな? さすがに四十八個もお題を考えるのは大変そうだから、同じお題の書かれた紙もいくつかありそうだけど、いずれにしても体育祭実行委員の皆さんの苦労がうかがえる。顔も名前も知らないけど……お疲れ様です!
『さー続けて一年生第三組! 私個人としましては、友人の八雲夕姫選手に注目したいところです!』
お、この第三組には八雲さんがいるのか。綾奈たちと同じチーム『朱雀』だし、ここは八雲さんに勝ってほしいな。
ちなみに実況の江口さんはテントから移動してゴール付近に立っている。ゴールした人の借り物のお題を読み上げるために。
チーム『朱雀』の応援席からは「八雲さん頑張ってー!」などの声が飛び交っている。
八雲さん人気だなぁ。小柄で美少女で、愛嬌あるからなぁ。
『私も合唱部の顧問として、八雲さんには頑張ってほしいと思います』
憧れの綾奈のお姉さんに言われたら、もう頑張らざるを得ない。あとは簡単なお題を引けるかどうかだ。
「千佳。八雲さんは足は速いの?」
健太郎は注目を集めている八雲さんについて千佳さんに聞いていた。俺もそこは知らないから気にはなっていた。
「あたしも走ってる姿はあまり見たことはないけど、速くはなかったね」
「だとするといいお題を引けるかがカギになってくるね」
「だね。夕姫! 頑張んなよ!」
千佳さんが大きな声で八雲さんにエールを送った。ここからけっこう距離があるけど八雲さんに聞こえたみたいで、八雲さんはこっちを見ている。
あ、スタート位置にいる先生がピストルを持つ手を挙げた。いよいよスタートするみたいだ。
パァン! という音が響き、一年生第三組のレースがスタートした。
『さー四人一斉にスタートしましたが、注目の八雲選手がちょっと遅れている!』
江口さんの実況の通り、スタートはほぼ横一列だったんだけど、そこから徐々に他の三人から離され、八雲さんは一番最後に箱に手を突っ込んだ。
『他の選手がお題に合った借り物を探してちりぢりになる中、八雲選手も紙を取った! 一体何が書かれていたのか───』
俺も八雲さんがお題が気になってじっと見ていたんだけど、八雲さんはお題を確認するとなぜかこっちに向かって走り出した。
『おおっと! 八雲選手はすぐに走り出し、保護者の方たちがいる観覧エリアに一直線だ! 八雲選手のお題は人なのか!』
人か、あるいは保護者の方が持っている物かなにかだと一人予想する俺。
だけど八雲さんは一直線に俺たちの方に向かっている。
そして俺たちの……いや、俺の前に立って、八雲さんは右手を伸ばして言った。
「真人先輩! 一緒に来てください!」
「お、俺!?」
八雲さんの借り物はまさかの俺だった。
その紙に何が書かれているのか非常に気になるけど、八雲さんは「早く!」と言って急かしてくるのでとても聞ける雰囲気じゃない。
というか靴は後ろに───
「はい真人」
後ろを振り向いたら、健太郎が俺の靴を持っていた。さすがだよ俺の親友!
俺は健太郎から靴を受け取り、急いで立ち上がって靴を履き、八雲さんの手を取り一緒に走る。
『最下位でお題を見た八雲選手が一番にトラックに戻った! 八雲選手の借り物は人だ……って、え? 中筋君!?』
江口さんの驚きで、俺の名前がここにいる全員に知れ渡った。
夕姫ちゃんが紙に書かれてある文字を確認して、すぐに観覧スペースに行ったのをチアガール姿で見ていた私はちょっとびっくりしていた。
乃愛ちゃんは夕姫ちゃんの借り物は人って言ってるけど、もしかしたら大人の人が持っていそうな何かかもしれないって私は考えていたけど、夕姫ちゃんはまっすぐ真人やお母さんたちがいる所へ走っている。
……え? 男の人が立って……って、あれは、もしかしなくても……。
『最下位でお題を見た八雲選手が一番にトラックに戻った! 八雲選手の借り物は人だ……って、え? 中筋君!?』
「や、やっぱり真人!? ……むぅ」
遠目から真人と夕姫ちゃんが手を繋いだのを見ていた私は、頬を膨らませていた。
ゆ、夕姫ちゃんの引いたお題ってなんなのっ!?
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