第810話 さすがに恥ずかしい
『午前の競技がすべて終了しましたので、これより一時十五分までお昼休憩となります。また特別プログラムに参加する生徒は、一時までに所定の場所に集合してください』
正午前、大人の男性のアナウンスが聞こえて、昼食タイムがやってきた。大きな声出して応援したからお腹ぺこぺこだ。
「それにしても、『朱雀』はトップの『青龍』とかなり接戦だね」
「ああ、本当にね」
健太郎の言うように、現在の一位は四組の『青龍』、次いで綾奈たちがいる二組の『朱雀』で、点差は十点と、十分逆転を狙える位置にいる。
このまま健太郎と午前の部の感想を話したいのだけど、明奈さんが保冷袋から三段の重箱を取り出したのを見たので、俺は明奈さんに声をかけた。
「明奈さん、手伝います」
「ありがとう真人君。じゃあ、お箸とおしぼりをみんなに配ってくれるかしら?」
「わかりました」
明奈さんから人数分のお箸とおしぼりが入った袋を受け取り、みんなに一組ずつ配っていく。
俺がみなさんに手渡すと、「ありがとう」と言って受け取ってくれた。
「ほい、健太郎と、あと千佳さんの分ね」
千佳さんは俺より健太郎から受け取った方が絶対に喜ぶから、千佳さんの分も渡した。
「うん。ありがとう真人」
袋の中を見ると、残り二組……俺と綾奈の分だけになっていたので、ちゃんと全員分配り終えたのを確認して、俺は袋をビニールシートの上に置いた。
明奈さんを見ると、今度は紙コップを取り出していた。どうやら飲み物を入れるみたいだから、それも俺がやろうと声をかけた。
「明奈さん、それも俺が……」
「いいのよ。私がやるわ。それよりも綾奈と千佳ちゃんがそろそろこっちに来ると思うから、真人君はふたりを迎えに行ってくれるかしら?」
「わ、わかりました」
明奈さんに言われた通り、俺は立ち上がり靴を履いて他のご家族のビニールシートを踏まないように進んでいく。途中で健太郎も追いつき、ふたりで観覧スペースを抜けて通路へ。
既に何人もの生徒がそれぞれの親御さんの待つ場所へ移動している中、こちらに向かってきている色素の薄いオレンジ色の髪が見えた。
間違いない千佳さんだ。そして綾奈も見えた!
「綾奈!」
「千佳!」
俺と健太郎はそれぞれ愛するパートナーを呼んだ。
すると綾奈の表情がぱあっと明るくなり走ってくる。
ここの生徒や保護者の方がたくさんいるにもかかわらず、いつものように俺に抱きついてくると思った俺は、一歩前に出て両手を広げた。
綾奈を抱きとめる準備は万端だ。多少の恥ずかしさはあるが、これも俺たちのいつものやり取りなので気にしない。
「まさ───」
だけど、あと一メートルもない距離で、綾奈の動きがピタリと止まり、表情も笑顔から一瞬葛藤するような顔になったかと思ったら今度はちょっとしゅんとしてしまった。
「……え?」
こんなこと今までになかったのでちょっと困惑する。困惑した頭でも、何も抱きしめられなかったまま両手を広げていたら恥ずかしいと思い、俺はゆっくりと両手を下ろした。
「あ、綾奈?」
「考えたら私、汗かいてるから、それで真人に抱きしめてもらうのも申し訳ないと思って……」
つまり汗をかいていなかったらこのまま俺の胸にダイブしてたってことか?
「そ、それと、学校の人がいっぱいいるから、ちょっと恥ずかしいというか……うぅ~」
あ、やっぱり恥ずかしさもあったんだ。俺と一緒だ。
「綾奈、あんた駅前でも普通に真人に抱きついてたじゃん」
綾奈から少し遅れて千佳さんもやって来た。
というか、競技してる時から思ってたけど……千佳さん、体操着の裾を結んでるからおへそが見えてる。やっぱり細くて引き締まってるな。そして裾を結んでいる分、千佳さんの大きな果実がいつもより自己主張強めだ。
「だ、だって、やっぱり知ってる人がいっぱいだと……」
「さすがに恥ずかしいって?」
綾奈は頬を染めながらこくりと頷いた。
そんな可愛すぎるお嫁さんを見て、俺の右手は自然と綾奈の頭に伸びていた。
「あ……」
最初、ちょっと驚いた綾奈だったけど、すぐに目を細めてされるがままになった。猫みたいで可愛い。
そんな俺たち夫婦のいつも通りのやり取りを、近くにいた人たちがもれなく見ていたんだけど、俺も気づのにしばらくかかった。
「ハグはあとでのお楽しみってことで、とりあえずご飯にしようよ」
「うん!」
俺は綾奈と、健太郎は千佳さんと手を繋いで、みなさんの待つ場所へと引き返した。
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