第802話 充電タイム

 五月二十八日の日曜日。高崎高校体育祭の当日を迎えた。

 その早朝、俺と綾奈はいつものようにランニングをしていた。

 体育祭なんだから、三月にあったマラソン大会みたいに、ウォーキングにするかランニングをお休みしてもよかったのに、綾奈は走ることを選んだ。

 いつもの公園に到着し、休憩をしているあいだ、俺は綾奈のコンディションが気になったので声をかけた。

「綾奈、調子はどう?」

「バッチリだよ」

 綾奈はにっこりと笑ってそう答えた。

 ここまでノンストップで走って、あまり息が乱れていない。休憩時間を短くしてるし、部活もない完全休みの日にはドゥー・ボヌールまで走ってるから、さらに体力が上がっている。それは俺も同じだ。

「問題ないみたいだけど、大縄跳びもあるんだろ? 帰りはちょっとペース、落とす?」

 今日までに、綾奈が出場する競技は本人から聞いて把握している。さっき言った大縄跳びと借り物競争だそうだ。

 借り物競争はお題を引く運が多分に要求されるから、体力や足の速さはそこまで重要じゃないけど、問題は大縄跳びだ。これは持久力がもっとも要求される競技だ。それに加え、連続でジャンプをするから脚の負担が大きい。

 筋トレもしているし、マラソン大会の時から比べ物にならないくらい体力も筋力も上がってると思うけど、それでも心配しない理由にはならない。

「そうしたら真人と一緒にいられる時間が増えるけど……落とさなくても大丈夫だよ」

「そっか」

 どうやら本当に心配はいらないみたいだ。なら、俺がこれ以上言うのは綾奈を信じていないことに繋がってしまうので言わないでおこう。

「じゃあ、そろそろ戻ろっか?」

 元々体力もそんなに減ってないし、いつも取っている休憩の時間もそろそろ来るし、綾奈の家に戻る提案をして、俺は綾奈の後ろ……この公園の入口を振り返った。

「あ、真人。待って」

 だけど、綾奈からそう言われ、また綾奈の方を向いたら、綾奈は両手を広げていた。こ、これは……。

 そう思った瞬間、綾奈はそのまま俺に近づき、抱きついて背中に手を回した。

 ちょっとびっくりしたけど、俺も綾奈の背中、そして頭に手を回して、頭を撫でる。

「今日は真人と一緒に登校できないから……体育祭、頑張れるように充電、させて?」

「……ああ。いくらでも充電してよ」

 俺が明奈さんたちと合流するために綾奈の家に行くのは、綾奈が登校したあとになる。だから、これが体育祭までに会える……そしてイチャイチャできる最後の時間だ。

 時間が許す限り、俺は綾奈に直接パワーを送り続ける。現地で応援するけど、こう抱きしめることはできないからな。

「出る競技は少ないけど、チームのために、頑張るからね」

「うん。綾奈の勇姿、しっかりと目に焼きつけるよ」

 女の子に『勇姿』って言葉を使うのは合ってるのか? と一瞬考えたけど、活躍するのなら勇姿で間違ってないだろうと自分に言い聞かせた。

「……ちょっと、真人に見られるのは恥ずかしい場面があるけど、それも頑張るから」

「ん? う、うん」

 俺に見られるのが恥ずかしいってなんだろう? 借り物競争で珍プレーをしてしまうかもしれないということかな?

 よくわからないけど、どんな結果になろうとも俺は綾奈を応援し続けるし、珍プレーをやらかしたとしても『頑張ったね』とお嫁さんを労うだけだ。

「あのさ、綾奈」

「なぁに真人」

「その……明日はさ、俺に、綾奈のパワーをくれる?」

 明日は風見高校の球技大会だ。もちろん頑張るし自分なりに全力を尽くすけど、やっぱりお嫁さんからのパワーは欲しい。近くで応援してもらえないから尚更だ。

「もちろん。いっぱい、いーっぱいあげるよ。今真人から貰ってるパワーの倍くらいあげちゃうから」

「なら、その分いっぱい俺もあげないとな。愛情も込めて」

「えへへ、うん。いただきます♡」

 俺たちは十秒ほどキスをして、体を離してランニングを再開した。

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