第800話 母の日のプレゼントを渡す

 俺は義両親とともにリビングに入り、テーブルに置かせてもらっていた紙袋を持ち、ちょっと緊張しながらも明奈さんに手渡した。

「こ、これです。ほ、本当に……いつもありがとうございます。……お、お義母さん」

 や、やっぱり『お義母さん』呼びはまだ緊張するな。

 プレゼント、気に入ってくれるかっていうドキドキと合わさって、心臓の音がすごいことになっている。

 自分でもかなりテンパっているとわかっている。故に、俺はマズいと思い、俺は弘樹さんを見た。

「あ……や! あの、弘樹さんに感謝していないと言っているわけではなくてですね! その……」

「っははっ! わかっている。だからそんなに慌てなくても大丈夫だよ真人君」

 母の日で、明奈さんに日頃の感謝を伝える日だけど、なんかさっきの言い方だと弘樹さんには感謝を感じていないのではと思ってしまい、慌てて訂正をしたのだけど、弘樹さんは最初からわかっていたようで、慌てる俺を見て笑っていた。

「うふふ。真人君、中、見てもいいかしら?」

「も、もちろんです」

 明奈さんはワクワクしながら持ち手を腕にかけ、袋の中に入っている物を取り出した。

 いま、明奈さんの手には長方形の箱が握られている。

「これ……ハンドクリーム?」

「は、はい」

 俺がプレゼントに選んだのはハンドクリームだ。

 先週、母の日の贈り物に悩んでいた俺はネットで調べてハンドクリームを贈ることを決めた。

 夏が近いのにハンドクリームって大丈夫なのかという心配も、調べた当初はあったけど、でもハンドクリームをプレゼントする人がいっぱいいたから大丈夫だと思った。

 だが、明奈さんの好きな香りをリサーチしていなかったので、一種類だけじゃなく三種類……ローズ、ラベンダー、シトラスの香りがするものが入った手頃なやつをチョイスした。

「とっても嬉しいわ! ありがとう真人君。大切に使わせてもらうわね」

「は、はい!」

 よ、良かった。明奈さん、気に入ってくれた。

 俺は緊張から一気に解放されて安堵していると、明奈さんが近づいてきてまた俺の頭を撫でた。

「ちょ、明奈さん! また……!」

 安堵したばかりなのにまたドキドキしてきた。いや、綾奈に撫でてもらうようなドキドキじゃなくて、嬉しいけど緊張が強いドキドキだ。

 と、とにかく忙しないな俺の心臓。

「うふふ、本当に嬉しくてつい甘やかしちゃうのよ。長男も次男も、本当にいい子で……」

「ち、長男ということは……翔太さんから既に貰ってたんですね」

 ここで綾奈がハーバリウムを持ってリビングに入ってきた。

 リビングに入ってきた瞬間にまた母親が婚約者の頭を撫でている光景を見て、微かに……そしてほんの一瞬だったけど綾奈の笑顔が消えたのがわかった。

 母親だけど、何度も俺の頭を撫でるのに少なからず思うところがあるみたいだ。

 明奈さんは俺の頭からそっと手を離した。

「ええ。朝に翔太君が来て、特製のケーキを貰ったわ」

「さ、さすが翔太さん」

 母の日のプレゼントもケーキ……ブレないなぁ。

 それにしても特製ケーキか……一体どんなケーキなんだろう。

 いつもめちゃくちゃ美味しいけど、いつもより美味しく作ったのかな? 気になる……。

「真人君、食べたいって顔してるわね」

「え、し、してましたか!?」

 しまったなぁ。考えが顔に出てしまっていたみたいだ。

「食べてみる?って言いたいところなんだけど、生憎と私の分しかないのよ。だからごめんね」

「い、いえ! 謝るところではないので大丈夫です。俺こそすみません」

「うふふ、いいのよ気にしないで」

 明奈さんはにっこりと微笑み、また俺の頭へと手を伸ばした。

「お母さん、もうダメだよ!」

「あらそうなの? 残念」

 だけど綾奈が俺たちの間に入り、明奈さんの手を阻止した。

 なるほど、家族が俺の頭を撫でるのは一日二回が限度か。

 今後、またあるかはわからないけどとりあえず覚えておいたほうがいいかな。

 ここで俺は、今さっき思いついたことを実行することに。

「綾奈」

「なぁに真人……あ」

 綾奈が振り返り、俺を見て驚いた。

 俺が綾奈に自分の頭頂部を見せているからだ。

 こうすれば綾奈が撫でてくれるかなとさっき思ってやってみたんだけど……。

「よしよし♡」

 思った通り、綾奈は俺の頭を優しく撫ではじめた。声からして、多分ふにゃっとした笑顔をしているに違いない。

 それにしても、やっぱり気持ちいいな。

「あらあら、うふふ」

「本当に仲がいいなこのふたりは」

 俺は義両親が見守る中、しばらく綾奈にされるがままになっていた。

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