第778話 ライバルに

 いつものT字路を過ぎて、今は俺と綾奈と千佳さんの三人で歩いている。

「でもさ、綾奈ってマジで体力ついたよね」

 ふと、千佳さんがそんなことを口にした。どうやらバスケをした時の話に戻ったようだ。

 綾奈が朝のランニングをはじめてそろそろ四ヶ月だ。その期間、ほぼ毎日走ってるから自分でも当時より体力が格段に上がっている自覚はあるだろう。

「うん。ついたと思うけど、どうしたのちぃちゃん?」

 綾奈はなぜまたその話に戻ったのかを千佳さんに聞いていた。そこは俺もちょっと気にはなっていた。

「……」

 だけど、千佳さんは答えない。それに表情が真剣なものになっている。

「それってやっぱり、マラソン大会であたしに勝つため……?」

「……うん」

 綾奈はゆっくりと首肯した。

 三月にあった、高崎のマラソン大会以降、走る目標を自身のダイエットから、次のマラソン大会で千佳さんに勝つためにチェンジした綾奈。

 千佳さんも綾奈が毎日ランニングをしているのは知っているけど、どこまで体力がアップしているのかを知ったのが、多分今日が初めてのはずだ。

 綾奈の誕生日に、俺が綾奈の部活が終わるのを高崎高校の校門で待っていて、それを麻里姉ぇから聞かされた綾奈はダッシュで四階にある音楽室から校門まで一気に走ってきたみたいだったけど、校門に到着する頃にはヘロヘロになっていた。

 多分、今同じように音楽室から校門までダッシュしても、綾奈はあまり息を切らさないだろう。

「正直、ちょっと舐めてた部分もあった。運動自体が苦手な綾奈が、あたしに勝つって言ったけど、毎日走っている距離もそう長いものでもないだろうって。でも今日の綾奈を見て、考えが変わったよ。綾奈が本気であたしに勝つ気でいるってわかった……」

 そこで言葉を区切ると、千佳さんは一呼吸おいて、まっすぐな瞳で俺たち夫婦を見た。

「あたしも気合い入れなきゃね! 綾奈に……ううん、あんたたち夫婦に負けないためにも!」

 どうやら、俺たちは千佳さんの闘志に火をつけてしまったみたいだ。その証拠に、今の千佳さんは不敵な笑みを綾奈と俺に向けている。

 マラソン大会まであと十ヶ月は先なんて野暮なことは言うまい。

 それと、あくまで走るのは綾奈と千佳さんなのに、千佳さんは俺にまで笑みを向けている。俺と綾奈が常に支え合い、二人三脚であることを一番知っている千佳さんだからこそ、勝つべき相手は綾奈だけじゃないとすぐに理解したんだろうな。

 この親友対決……すごく勝つのは難しいけど、だからこそ倒しがいがあるし、今からこんなにもワクワクしている。

 健太郎もサポートに入るのかな? あいつがブレインになったらさらに手強くなりそうだ。

 綾奈は一歩、また一歩と千佳さんに近づき、そして自分の右手を差し出す。

「私も負けないよちぃちゃん! 絶対に、真人とふたりで勝ってみせるからね!」

 千佳さんは目を見開き驚いていたが、すぐに口が弧を描いた。千佳さんの気持ちが高揚しているのがわかる。

「上等だよ。スポーツでは絶対にあたしに勝てないってのを教えてあげるよ!」

 そう言って綾奈の手を取り、がっちりと握手を交わした。

 親友が、マラソン大会に向けてのライバルになった瞬間だった。

 あ、千佳さんが表情を緩めた。

「……とはいえ、マラソン大会は先だし、まずは今月の体育祭で一緒に敵チームを蹴散らすよ」

「うん! 私も頑張る!」

『蹴散らす』のは穏やかじゃないけど、要は気持ちが大事だもんな。

「ふたりとも、俺も直接行って応援するから、頑張ってね!」

「ありがとう真人! 真人の応援があったら絶対負けないよ!」

「綾奈ならマジで負けなさそう。てか真人。あんた来て大丈夫なん?」

 俺は綾奈が麻里姉ぇに聞いてもらったことを千佳さんに説明していたら、ちょうど綾奈の家が見えてきた。

 千佳さんと別れ、綾奈とちょっとだけイチャイチャして、俺の自分の家に戻るのだった。

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