第779話 あれから一年
ゴールデンウィーク明けの五月八日、月曜日のお昼休み。
今日も今日とて、俺のクラスでいつものメンバーと一緒に昼食を食べていると、一哉が俺に声をかけてきた。
「なぁ真人」
「なんだ?」
「お前覚えてるか? 一年前の今頃、今日みたいな昼休みに俺とした会話を」
「お前とした会話?」
なんだっけ? と思いながらも記憶の引き出しを片っ端から開け放ちながら、弁当の唐揚げを頬張る。
「中学卒業以来会ってない綾奈さんより、新しい出会いを探せとかなんとかって俺言っただろ?」
「……あぁ! 思い出した」
そういやそんな話したな!
そうか……もう一年にもなるのか。
「なになに? マサとかずっち、そんな話をしてたの?」
その会話に興味を示したのは茜を除く全員だ。健太郎も香織さんも、聞きたいって顔に書いてある。
「あの時、中学からろくに話したこともなかった綾奈さんを想い続けても仕方ないって思って、真人にここで彼女を見つけたらどうだって言ってみたんですよ」
「その話、その日の放課後に聞いたね」
「でも綾奈さんがその頃よりももっと前から真人に好意を抱いていたってのにはびっくりしたよな」
「ねー! 真人が太ってた時からだもんね!」
元祖イチャイチャカップルが俺の話で盛り上がっている。
今でこそ俺は綾奈と婚約して、夫婦って名乗っているけど、一年前の今頃は、まだ綾奈への恋心を捨てきれずに、一哉の言ったように薄い可能性に賭けていた時だったな。
「私はマサとアヤちゃんがラブラブな時からしか知らないけど、けんくんも知らないんだね」
「そうですね。一年前の今頃は、僕は真人とはまだ友達ではなかったので」
そうだ。健太郎は一年前、休み時間はまだ一人でラノベを読んでいる時期で、俺が健太郎の読んでいるラノベに興味を持った時期よりも少しだけ前だったな。
あの時は前髪で目が隠れていたけど、まさかあの髪の奥に、学校一のイケメンがいただなんてちっとも思わなかった。
「そういえばなんだけど、私……綾奈ちゃんが真人君を好きになったきっかけって知らないかも」
香織さんの一言に、みんなが「俺も」、「私も」と言いはじめる。
……そっか。みんなは俺たちが当時から両想いなのは知ってたけど、好きになったきっかけは知らないんだ。
一哉も、俺が綾奈を射止めた……言うなれば大金星をあげたことを自分のことのように喜んでくれて、後々に疑問になったけど聞くタイミングがなかったんだろうな。
みんなが目で教えろと訴えてくる。
まぁ、このメンバーにいつまでも秘密にってのもアレだし、言って困るものでもないからな。
だから俺は、ここにいるみんなに綾奈が俺を好きになった理由を話した。
俺が喋っているあいだ、みんな……珍しく杏子姉ぇも静かに聞いていて、俺が話し終わると、黙っていた杏子姉ぇが一番に思っていたことを口にした。
「マジ!? そんな偶然あるの!?」
「あったんだよなぁ」
「真人がおばあちゃんの散歩の手伝いをしていたのを綾奈ちゃんが偶然目撃して真人を気になりはじめて、しかもそのおばあちゃんが綾奈ちゃんの実のおばあちゃんだなんて……」
「偶然に、偶然が重なってる……」
香織さんの言う通り、あの日に綾奈が幸ばあちゃんの手伝いをしている俺を見ていなければ今の未来はなかった。
それこそ一番弱々しい……引っ張ればすぐに切れてしまいそうな糸を運良く切れずに手繰り寄せたかのように……。
「綾奈は運命って言ってくれたよ。だから俺も、綾奈と婚約した今を運命って思ってるよ」
俺と綾奈は結ばれるべくして結ばれた。あれだけ弱々しいと思っていた糸も、今はダイヤモンドよりも硬い物質に変化している。だから俺と綾奈の絆の糸は、誰にも引き裂けない。
「千佳も言ってたけど、真人と綾奈さんの絆って、本当にすごいよね」
「千佳さん、そんなこと言ってたんだ」
いつ言ったんだろう? 最近かな?
「僕も真人たちに負けないように頑張らないと」
「俺も……そうだな。交際歴は俺たちの方が上なんだから、負けていられないな」
「ん~? 真人と綾奈ちゃんに負けないようにイチャイチャしちゃう?」
「他のクラスメイトもいるんだからほどほどにな」
「お前が言うな!」
「真人が言わないでよ!」
「えぇ……」
親友と幼なじみから同時にツッコミをもらってしまった。
お、俺たち、他の……あまり接点のないみんなの前でもイチャイチャしてたっけ?
そんな俺を見て、みんなは笑っていて、今日も楽しく昼休みを過ごすことができた。
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