第775話 顔が広い真人

 その後も少しだけ明奈さんたちと話をして、明奈さんが帰ったタイミングで、俺たちは店の奥へと歩き出す。

 歩き出したタイミングで、修斗がちょっと戸惑いながらも俺に声をかけた。

「あの、おにーさん」

「どうした修斗?」

「いや、真人おにーさん、注文してなかったですけど……」

 あぁ、なるほど、そういうことか。

「俺のファーストオーダーは毎回決まってるから、翔太さんもそれがわかってて聞かなかったんだよ」

 俺がここに来て最初に注文するのは決まってショートケーキだ。綾奈と付き合って、何度もここに足を運んでいるから、自然と覚えられてしまったのだ。

「マジで綾奈先輩のご家族と仲良いんですね」

「ありがたいことにね。まぁ、翔太さんは俺と綾奈、それに一部の常連さんのファーストオーダーは頭に入っているみたいだよ」

「そうなんですね。常連って、どれくらいいるんですかね?」

「わからないけど、翔太さん目当ての人もけっこういるだろうから、常連さんもいっぱいいそうだ」

 数えだしたらキリがない。だってあの翔太さんだぞ? メガネの似合う超絶イケメンで優しくケーキも絶品……翔太さん以上のハイスペイケメンを見たことがないが、絶対数十人単位でファンがいそうだ。

 歩き出してから少し、さっそくここの常連が俺に声をかけてきた。

「あ、真人君じゃない!」

「久しぶりね~」

滝乃宮たきのみやさん、城下しろしたさん。お久しぶりです」

 滝乃宮 けいさんと城下 美咲みさきさんは、ここで知り合ったお姉さん方で、職場は違うがここから学校側とは反対に三駅離れた場所で働いている。

 滝乃宮さんとの出会いは絡まれた感じだったけど、今となってはいい思い出だし、おふたりとも気さくなお姉さんだ。

「今日は綾奈ちゃんは一緒じゃないのね」

「イケメン君じゃない」

「ど、どうも……」

 修斗は俺みたいに人見知りではないけど、初対面の人にイケメンと言われても困っちゃうよな。

 俺は修斗をおふたりに紹介し、綾奈がいない理由を説明してから滝乃宮さんたちと別れ、ふたりでまた奥へと歩き出す。するとまた少しして、俺を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、真人さん!」

 声がした方を見ると、そこには菊本きくもとさん親子がいて、娘さんの凛乃りのちゃんが俺に手を振ってくれていた。

「凛乃ちゃんこんにちは。麻子あさこさん、義之よしゆきさん。ご無沙汰してます」

「久しぶりね真人君」

「本当に。あの遊園地以来か?」

 奥さんの麻子さんとは、昨年の大晦日にアーケード内にあるスーパーに綾奈とふたりで買い物に行った時に出会った店員さんで、義之さんと凛乃ちゃんとは、俺の誕生日の翌日に綾奈と遊園地に行き、そこで出会った。

 というか男性客いたな。入り口からは見えなかった。

「そうですね。本当にお久しぶりです」

「あら? 真人君。今日は綾奈ちゃんと一緒じゃないのね」

「イケメンさんです」

 おっと、またこのくだりだ。こうやって必ずと言っていいほど聞かれるって、それだけ俺と綾奈がセットって考えが定着したってことだからすごく嬉しい。

 俺は三人に、さっきの滝乃宮さんたちと同じ説明をして、また奥へと歩き出す。

 そこからは知り合いはいなかったが、星原さんをはじめとした、すれ違うホール担当のスタッフさんがみんな俺に手を振ってくれたので、俺もちょっと照れながら手を振り返し、空いている席を見つけてそこに座る。

「……」

 修斗と対面で座ると、修斗が何か言いたそうな表情で俺を見ていた。

「どうした修斗?」

「いや……真人おにーさん、顔広すぎません?」

「そうか?」

 顔……広いかな? もちろん意味は知っている。

「そうですよ! 年代の違うお姉さんふたりに、親子もそうだし、近くにいた店員さん全員おにーさんに手を振ってるし! おにーさんの交友関係広すぎですよ!」

「と言ってもなぁ……ドゥー・ボヌールは翔太さんが経営してるし、綾奈と婚約して最低でも月に一度は来てるから全員に顔を覚えられてるのは自然なことだし、滝乃宮さんと城下さんは麻里姉ぇのファンで、ここで知り合ったし、菊本さん親子は、出会いこそここではなかったし、長い時間言葉を交わしてはいないけど、それでも濃い時間を共有したからなぁ」

 麻子さんには『夫婦』と声をかけられ、遊園地でちょっとしたアクシデントもあり、凛乃ちゃんは春休みにナンパにあっていた茉子のお母さんの茉里まつりさんを助けるのを見てるからな。菊本さん親子と会う時は、何かしら起こっていることが多い。

「……え? さっきのお姉さんたち、綾奈先輩のお姉さんのファンなんですか!?」

「そうなんだよ。びっくりだろ?」

 まぁ、多分翔太さんのことも麻里姉ぇと同じくらい好きなはずだ。超絶美形夫婦で、ふたりとも優しいからなぁ。

「おまたせしましたー。ショートケーキとアイスカフェオレでーす」

 修斗がいまだに驚いていたら、星原さんが注文したケーキと飲み物を持ってきてくれた。

「星原さん。ありがとうございます」

「ん~ん。真人君も後輩君も、ごゆっくりね~」

 星原さんは笑顔で手を振りながら離れていった。

「綺麗な人ですね」

「彼氏いるからな」

「そ、そんな風には見てないですよ!」

「あはは、わかってる。さ、食べよう」

 俺は手を合わせてからフォークを持ち、ショートケーキを一口食べた。いつもながら絶品だな。

 修斗も一口運んで、美味しかったのかすごく驚いていた。

 そしてあっという間に完食し、今度はチョコレートケーキを注文していた。

 修斗もここのケーキを気に入ってくれてよかった。

 しばらくして綾奈から写真が送られてきた。どこかでスポーツをしているのか、自撮りしている綾奈はめちゃくちゃ可愛い笑顔だけど、後ろにいる美奈と茉子が座りながら息を切らしている。これは何をしていたのかを聞かないとな。

 それはあとで聞くとして、俺は写真を保存してまたケーキを食べた。

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