第762話 夫婦デュエットの中で

 カラオケがスタートしてしばらく経過し、次にモニターに表示された曲は、『STAR AXELL』のアッパーチューン、『フルスロットル』だ。

 それを見てマイクを握ったのは綾奈……そして真人だ。夫婦がデュエットを披露し、大部屋内が盛り上がる中、清水雛、北内香織、吉岡茉子の三人は、息の合った歌唱を魅せる夫婦をじっと見ていた。

「ふたりとも本当に歌が上手ね~」

「真人お兄ちゃん……アイドルの歌も歌えるんだ」

「先月杏子さんからアイドルフェスのチケットを貰ってて、そのフェスで真人君もアイドルの曲も覚えようってなったみたいだよ」

「それ、千佳ちゃんから電話で聞いたわ~。ふたりの半年記念で、杏子ちゃんがプレゼントしたのよね~?」

「はい。昼休みに杏子先輩が真人君にチケット渡してました。というか雛さん……千佳ちゃんと電話してるんですね?」

「もちろんよ~。未来の義妹だもの。離れていても仲良くしてるわ~」

 雛が地元を離れて早一ヶ月と少し。雛と千佳は最低でも十日に一回は電話で話をしている。雛から電話をかけることがほとんどだが、千佳から電話することもある。

 綾奈と美奈の関係とは似て非なるものだが、雛と千佳も良好な関係を築いている。


 少しの間夫婦のデュエットに耳を傾けていた三人だが、曲がBメロに入ったタイミングで雛がふたりに質問をした。

「香織ちゃんとマコちゃんも、まだ真人君のこと……好きなの?」

「「っ!?」」

 いきなりの質問に、香織と茉子は目を見開き雛を見る。

 雛はというと、ふたりに優しい笑みを見せている。そしてふたりの顔が赤くなっているのを見て、「やっぱり」と言い、笑った。

「いや、違います! 私はもう普通に友達として接してます。……たまに意識する時はありますけど」

 香織は今言ったように、真人に対する恋愛感情はもうほとんど残ってないが、真人を意識する機会は、先月だけで二度あった。

 一つは四月一日の朝。学校の下駄箱で真人とバッタリ会い、言葉を交わした時。

 そしてもう一つは、成り行きとはいえ、真人の手作りした弁当のおかずを食べた時だ。

「わ、私は……うん。やっぱり好きって気持ちは、あります」

 茉子は顔がさらに熱くなるのを自覚しながらも、正直に打ち明けた。

 そもそも茉子は、真人への想いをそれほど隠してはいない。合唱部の件で真人が涙を流した日に、真人の頭を撫でながら「好き」と伝え、その数日後に初めて見たメガネを装着した真人に、かつてないほどドキドキし、思わず美奈の後ろに隠れもしていた。

「ふたりもまだ、完全に捨てきれてはいないのね~」

「いや、私は───」

「そう、ですね。それにお母さんが、真人お兄ちゃんにナンパから助けてもらったってすごく嬉しいそうに話しているのを聞いて、安堵したのと同時に、羨ましいって……思いましたし」

 真人が茉子の母の茉里まつりをナンパから救った日の夜の夕食時、茉里は本当に茉子と、夫の智弘ともひろに嬉しそうに話し、茉里の予想通りに茉子は母を心配しながら羨ましがり、智弘も真人に感謝しながら、茉里のテンションに若干の苦笑いを見せていた。

「茉里さんも真人君が好きなんだ」

「はい。うちは家族全員真人お兄ちゃんとも付き合いが長いですから、お母さんも、そしてお父さんも真人お兄ちゃんが好きです」

「真人君……もはや人たらしだ」

 真人が中学三年の頃から今に至るまでに、真人の周りには本当に人が増え、真人を慕う人間も増えた。

 中学までは主に一哉とだけ仲が良かった真人だが、茜と再会し、健太郎と友達になったのを皮切りに、今では両手足の指を使わないといけないほどの人間が、真人の周りにいる。

 香織が言った『人たらし』も全く間違いではない。

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