第761話 次は誰が歌う?

 俺が歌い終わると、みんな……一哉と千佳さん以外が拍手をしてくれた。まぁ、一哉と千佳さんは俺の歌は聞き慣れてるはずだからな。

 美奈も驚いてるな。兄妹仲が悪かった時期から今まで、一緒にカラオケなんて行ったことなかったからな。

 茉子と雛先輩は本気で感動したような……めっちゃ気持ちがこもった拍手をしてくれてる。雛先輩のいつものおっとりお姉さんはなりを潜めているみたいだ。

 だけど、そんなふたりよりも大きな拍手をしてくれて、うっとりした表情で俺を見てくる一人の女の子がいる。言わずもがな綾奈だ。

 俺が歌ってる最中も、ずっと今のような表情で俺の顔を見ていたし、まさに聞き惚れてくれたっぽい。綾奈の方が俺よりも歌唱力は上なのにと思わないわけではないけど、やっぱり嬉しいな。

「えっと……あ、ありがとうございました」

 俺は静聴せいちょうしてくれたみんなにお礼を言ってから座った。

「真人。かっこよかったよ!」

「そ、そうかな? ありがとう綾奈」

「えへへ~♡」

 俺が綾奈の頭を撫でて、綾奈がふにゃっとした笑みを見せるいつものやり取りをしていると、みんなも感想を言ってくれた。

「でもマサ。マジで歌上手いね!」

「うん! 曲は知らないけど、難しい曲を完璧に歌いこなしてたし」

「さすが真人だね」

「これは夏のコンクール……マジで風見も全国に来るかね?」

「お兄ちゃん……本当にうまかったんだ」

「真人お兄ちゃん……かっこいい……」

「本当ね~。ずっと聞いていたいわ~」

「松木先生に認められてるって、本当だったんだ」

 とまぁ、みんな絶賛してくれていてすごく照れる。

 茜と杏子姉ぇ……俺をイジってくるふたりも素直に褒めてくれるのがなんか怖いけど嬉しい。

「というかお前、前より上手くなってないか?」

 一哉が突然そんなことを言ってきた。

「そ、そうか?」

 俺の歌声を一番聞いている一哉が言うのなら間違いないのだろうけど、自分だと実感がない。

「ああ。カラオケに来るのは久しぶりだけど、なんつーか……力強さというか、前よりも気持ちがこもってるように感じて、ただ上手いだけじゃなくなった感じがした」

「お、おお……あ、ありがとう」

 期待値がとんでもないことになっていたから、マジで気持ちも込めて歌ったけど、結果的にそれもいい方向に働いたようだ。

「さて、次は誰が歌う?」

 俺の歌唱の感想を言ってくれているが、俺の後に誰も曲を入れていない。テレビには男性アーティストが新曲についてコメントを述べている映像が映っている。

 茜の問いに、誰も手を挙げない。

「茜が歌ったら?」

「いや~真人のあとだとプレッシャーが」

「そんなの気にしてたら歌えないだろ? それに聞いてる側は誰もそんなこと思わないだろ」

 そもそもカラオケは楽しむものだ。誰もプロのアーティストを目指していないのだから、ガチでとらえる必要もない。

「じゃあ、私が歌うよ」

 そう言って、手を挙げたのは綾奈だ。

「おぉ! ついにアヤちゃんの歌が聞ける! 前にアヤちゃんとデートした時はカラオケに行かなかったから楽しみだったんだよねー!」

 綾奈と杏子姉ぇのデートって、確かバレンタイン前に行ったやつだよな?

「じゃあ綾奈ちゃん。はい」

「ありがとう茜さん」

 綾奈は茜から機械を受け取り、タッチペンでポチポチと操作を始めた。

「茜。綾奈の次だともっと歌いにくくなると思うぞ? 綾奈は俺よりももっと歌が上手いから」

「ま、真人……」

「それよりも綾奈ちゃんの歌を聞いてみたいって気持ちが強いの。というか最初は合唱部メンバーでローテーションすればいいじゃん」

 なんかどさくさに紛れて決められた歌う順番を決めたな。つまり、綾奈の次に歌うのは一哉か健太郎か千佳さんになる。

「じゃあ、次はあたしが歌おっかな」

「千佳の次は僕が」

「一哉。お前トリだぞ」

「変にハードルを上げるな! というか、これってトリって言うのか?」

「さあ?」

 そんな適当な会話をしているうちに、綾奈が選んだ曲がテレビに映し出された。『STAR AXELL』のバラードだ。

 スタアクはそのグループ名の通り、アクセル全開の激しめな曲が多くて、バラードはちょっと珍しかったりする。綾奈の選曲は、スタアクの数少ないバラードの中だと俺が一番好きな曲だ。

 イントロが流れると、綾奈は立ち上がり両手でマイクを持ち歌い始めた。

 綾奈の優しくも綺麗な歌声……音程のズレはなく、ビブラートもファルセットも高音も低音も完璧で、俺はもちろん、みんなも綾奈の歌に聞き入って、歌い終わったら俺以上の拍手を受けていた。

 ちなみに俺だけスタンディングオベーションをしていた。

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