第753話 集まっていたギャラリー

「負けたー!」

 試合終了。

 結果、三対一で負けてしまった。

 まさかあれから一ポイントも奪えず、逆に二点も取られるなんて……。

 今までは勝つにしろ負けるにしろ、一点差の勝負なのに、二点差付けられたのは初めてだ。本気の綾奈、恐るべし。

「えへへ、真人に勝った~」

 一方、勝利した綾奈はご機嫌だ。負けるのは悔しいけど、こんな可愛い笑顔を見れるのなら、負けるのも悪くない……のかな。

 綾奈の笑顔に少し見惚れていると、周りからまばらな拍手が聞こえてきて、なにごとかと思って周りを見渡すと、なんとギャラリーがいた。それも十人近く!

「え?」

「な、なに、これ……?」

 俺たち夫婦が戸惑いながらキョロキョロしていると、遠くからすごく目立つ店員さんがやって来た。言わずもがな、ここの店長の磯浦颯斗さんだ。

「やあ。中筋君、西蓮寺さん。いらっしゃい」

「こ、こんにちは店長」

「こんにちは。あの、店長さん。この人たちって……」

「ああ、君たちの試合を熱心に観戦してた人たちだね」

 そんなサラッと言われても……。

 それにしても、どうしてこんなに?

「前に言ったと思うけど、君らのエアホッケー勝負はこの店ではわりと有名なんだよ」

「た、確かに……そんなことを言われてたような」

 俺はそう言い、また周りを見渡す。

 すると、俺たちの前にエアホッケーで遊んでいたふたりを見つけた。ふたりの手には缶ジュースが握られている。ジュースを買って、またここに戻ってきたんだ。

 俺はギャラリーの会話に耳をすませてみる。

「すげー勝負だったな!」

「ああ。カップルであんな勝負するなんてな!」

「彼氏の方も強かったけど、彼女はもっと強かったな!」

「めちゃくちゃ可愛くて身長低くて華奢そうに見えるのに、すげーつえー!」

「あ! 今こっち見たぞ! やべぇ……可愛すぎる……!」

 俺たちの試合の感想を話している人もいれば、綾奈の可愛さ、そして強さに魅了されている人もいる。

 綾奈に見惚れるのはすごくわかる。だけど、今にも惚れそうな目をして見られるのは、なんか嫌だ。

 俺は少しだけ面白くなさを感じて、綾奈の肩を抱き、自分に引き寄せた。

「あっ……!」

 突然のことにびっくりする綾奈。目を見開いて俺を見ている。

「なんか、綾奈をそういう目で見られるの、面白くなくて……」

 俺はブスッとした表情で、小さく呟いた。

「あっはっは! 西蓮寺さんの独占欲が相当強いとは聞いていたし知っていたけど、中筋君も負けず劣らずだな!」

「そりゃそうでしょ。大切なお嫁さんに色目使われるのは、誰だって面白くないですよ」

 店長は豪快に笑って、サラッと綾奈の独占欲の情報を暴露したけど、リークしたのは間違いなく翔太さんか麻里姉ぇのどちらかだろうな。

 もう一度綾奈を見ると、頬を染め、目を細めて嬉しそうに俺を見ていた。か、可愛すぎる……!

「えへへ、嬉しい♡」

 綾奈は俺の胸に、猫のように頬を擦り付けてきた。

 これだけで嫉妬する俺に対し、綾奈は言葉と行動で嬉しさを表現してくれている。

 綾奈にまだ誰もアプローチをかけていない状態で嫉妬するのは、かなり重いと自覚しているけど、綾奈は一度も「重い」と口にしたことがない。

 俺もだけど、それだけお互いが好きってことなんだよなきっと。なんか、照れるな。

「ふたりとも。イチャイチャする気持ちはわかるが、みんなが目のやり場に困ってるから……」

 い、言われてみればそうだ。ここには俺たち夫婦のことを知っている人は店長しかいない。そんな場所でいつものようにイチャイチャしてたら、周りの人たちを困らせてしまうよな。

「す、すみません店長。みなさんも」

 俺はゆっくりと綾奈の肩から手を離し、綾奈もちょっと残念そうにしながらも俺から離れた。離れたけど、すぐに手を繋いできた。

 と、ここで、ひとりの中学生くらいの男子が俺たちに近づいてきた。

「あ、あの! よかったら、俺とも勝負してくれませんか!?」

「「……え?」」

 彼はそう言って、綾奈に頭を下げた。

 まさか勝負を申し込まれるとは。

 これには綾奈も戸惑っている。

「ど、どうしよう真人……」

「う~ん……」

 俺は腕を組み考える。

 ここで綾奈が彼と勝負するのは、一見すると問題ないように見える。

 だけど、ここで勝負を受けて、それが噂を呼び、ここに来る度に誰かしらに勝負を仕掛けられても後々面倒になる。そして後々の勝負を断ると、断られた相手が不機嫌になり、綾奈に不満をぶつけてしまいかねない。

 この選択はなかなかに難しいぞ。

 俺たちが返答に悩んでいると、店長が割って入ってくれた。

「悪いな君。この夫婦は誰からの挑戦も受けないんだ。君の気持ちもわかるが、ここは我慢してくれ」

「夫婦って……えっ!? 結婚してるんですか!?」

 男子の意識が勝負から夫婦に変わった。

 もしかして、だから店長はわざと『夫婦』を強調したのか?

 店長を見ると、笑ってサムズアップをしていた。どうやら間違いないみたいだ。

 それから俺たちは婚約中であること、そして店長の言ったように他の人の挑戦は受けないこと、その謝罪をしたら、中学生男子は納得してくれて、ギャラリーは散り散りになった。

 俺たちも店長にお礼を言って、その場から離れた。

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