第749話 謝る綾奈

 地元に戻ってきた頃には既に六時を回っており、空はけっこう暗くなってきていた。

 駅構内から外に出た俺は、両手を挙げて背伸びをした。

 約二時間、ずっと座りっぱなしだったから、身体がすっかり硬くなってる。

「……ごめんね真人」

 背伸びをした俺の後ろから、もう三度目くらいの綾奈の謝罪が聞こえた。

 俺は後ろを向き、綾奈に声をかける。

「謝らなくていいよ。綾奈は疲れてたんだからさ」

「でも、二時間近く真人の膝の上を借りちゃって……それに真人ひとりで退屈な思いをさせちゃったから……」

 綾奈はずっとそのことについて罪悪感を抱いている。

 俺の膝枕で寝たということは、俺の身動きを著しく制限させてしまうし、寝ているあいだは俺ひとりでただただ電車に揺られて手持ち無沙汰にしてしまったことに申し訳なさを感じている。

 確かに……普通なら退屈と感じるかもしれない。だけど───

「……綾奈。はっきり言うけど、俺は綾奈が寝ていた時間、ちっとも退屈なんてしなかったよ」

 一緒にいるのは最愛のお嫁さんだ。たとえお嫁さんが寝ていたとしても、一緒にいて退屈なんて感じるわけがない。

「……へ?」

 申し訳なさで俯いていた綾奈は、目を見開き、口も開けて俺を見た。びっくりした表情も可愛いなぁ。

「で、でも! 寝ちゃったのは本当で、真人をひとりに───」

「綾奈が俺の膝の上で幸せそうに寝てるのを見て、退屈に思うわけないじゃん」

 大好きな人が、自分の膝の上で無防備に寝ているのを見て、つまらないなんて思う男は絶対にいない。

「そんな綾奈を見て幸せと思ったよ。綾奈だって、もし俺が寝てても退屈なんて思わないだろ?」

「うん。絶対に思わないよ」

 少々自惚れたかなと思ったけど、俺の予想通りの返答をしてくれたので、内心で安堵する。

「でしょ? それと同じだよ。まぁ、綾奈の寝顔を他の男にも見られたのは、ちょっと嫌だったけどね」

「あぅ~……」

 綾奈が電車内で寝ていて、唯一嫌だと思ったことが、男どもの視線だ。

 幸いにも俺たちが乗った車両にはそれほど人が乗っていたわけではなかったから、綾奈もギリギリまで寝ることができたんだけど、それでも近くにいた男の視線はわかりやすかった。

 みんな綾奈の寝顔を見ていたし、ちょっと離れた所にいた男も、綾奈の寝顔見たさに近づいて来たやつもいたし。

 その男たちの年齢層もかなり幅広くて、中学生くらいの男子から、アラフォーくらいのおじさんまでいた。

 正直、綾奈のようなめちゃくちゃ可愛い美少女の寝顔を見たいという思いも、視線も男目線からしたらすっごくわかる。わかるんだけど、でもやっぱり綾奈は俺の彼女でお嫁さんだ。無防備な寝顔なんて見せたくなんてなかった。

 できることなら、綾奈の顔を見せないように隠したかったけど、そんなことをしたら綾奈は寝られないから、それは断念した。

「だからというのもあるけど、寝ている綾奈の頭をずっと撫でていた」

 撫でていたのはずっとではないが、それでも綾奈が寝ている時間の半分くらいは、綾奈の頭を撫でたり手を置いたりしていた。自然と手が伸びていたし、『この子は俺の、俺だけのものだ』という意味も込めて、他の男に見せつけるようにして……。

「な、撫でてくれてたの!?」

『撫でたの』ではなく、『撫でてくれてたの』という言葉に嬉しく思う。

「うん。いっぱい撫でたよ」

「うぅ~……なんで寝たの私……真人がいっぱい撫でてくれたのに覚えてないだなんて。ううん、だからこそぐっすり寝れたのかもだけど、でも……うぅ~」

 すっげぇ葛藤してるな。すごく可愛いしめちゃくちゃ愛おしくなる。

「なら、夕飯をいただいてから帰るまでに、また撫でてあげるよ」

「ほ、本当!? 約束だよ?」

「うん! 指きりする?」

「する!」

 俺たちはすぐに小指を絡め、指きりをした。

 突然指きりをしはじめた俺たちを、行き交う人は不思議そうに見てるけどお構いなしに指きりをやりきった。

「さ、明奈さんと弘樹さんも心配するし、早いとこ帰ろう」

「うん!」

 小指だけじゃなくて、片方の指全てを絡めて手を繋ぎ、俺たちは綾奈の家に向けて歩き出した。

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