第748話 疲れがピークに

「……つ、疲れたな」

「……うん」

 俺たちは今、帰りの電車の中だ。

 スタアクのステージは、マジで圧巻だった。

 全三曲のステージだったんだが、疾走感溢れる曲や、激しめであまりアイドルらしくない曲、そして今日が初披露の新曲を歌いきった彼女たちの顔は、とても素敵だった。

 その前にはメンバー全員が気合い入れのため、円陣を組んでいたんだけど、なんとその後に俺と綾奈も混ざって同じことをさせてもらった。

 そのドキドキが冷めやらぬまま、ステージ袖で彼女たちのパフォーマンスを見て、内心すごくテンションが上がっていた。

 そしてステージ袖にはけたスタアクメンバーがスタッフさんやマネージャーさんと、ライブ成功のハイタッチをしていたんだけど、これも俺たちにもしてくれた。

 大興奮のまま、スタアクのメンバーとまた会う約束を交わし、会場をあとにして、フェスの感想を言い合いバスに揺られ、そして地元に帰る電車に乗ってしばらく、一気に疲れが押し寄せてきた。

 バスの中では、フェスの感想を言い合い、テンションが上がって全然だったんだけど、電車に乗って、そのテンションが落ち着きを見せた途端にこれだ。

 杏子姉ぇのおかげで、一生忘れられない思い出ができたのは間違いない。だけど杏子姉ぇ、本心を隠してチケットを貰っていたなんてな。

 普段はめちゃくちゃパワフルで、いつも振り回されているけど、ストレートに『好き』とか言うとめちゃくちゃ照れるところがあるからなぁ。

 まぁ確かに、『弟たちの交際半年記念を最高のものにしてあげたいからチケットを譲ってもらった』なんて、照れ屋な杏子姉ぇじゃなくても面と向かってなんて言えないよな。

 明日、杏子姉ぇにちゃんとお礼を言おう。

「……」

 俺がそう考えていると、隣の綾奈は首を前後に揺らしている。どうやら眠気がピークに達しているようだ。

「綾奈、綾奈」

「ん……ましゃと……」

 俺が綾奈を起こそうと、肩を少し揺らすと、綾奈は抵抗せずに首をぐわんぐわんさせている。

 このままやり続けると、綾奈の首を痛めてしまいそうなので慌ててやめる。

 俺はズボンのポケットからスマホを取り出す。

 電車に乗ってもうすぐ……三十分くらいか。

 まだまだ到着には時間がかかるな。

「綾奈」

「ん~……」

 半分以上寝てるなこりゃ。

 思えば、昨夜も寝たのは日付が変わってからだし、見ていた夢を覚えてたってことは、きっと眠りもそれほど深くなかったはずだ。

 そして目覚めたのも、いつものランニングに行くための時間で、睡眠時間自体足りてないんだ。

 到着までまだ一時間半くらいはかかる……だから綾奈にはここで寝かせといておこう。

 俺は綾奈の頭を抱き寄せ、ゆっくりと俺の肩に乗せた。

「ん……すぅ……すぅ……」

 すると、何秒もしないうちに、綾奈から寝息が聞こえてきた。よほど眠いのを堪えてたんだな。

 俺は綾奈の頭を優しく撫でる。

 『えへへ』は聞こえないから、マジで熟睡しているのかもしれない。

 一分ほど綾奈の頭を撫でていると、電車が少し大きく揺れた。

「おっと……!」

 そのせいで、綾奈の頭が俺の肩から落ちたんだけど、俺の膝にぶつかる前になんとか支えることに成功した。間一髪だ。

 だけど、さすがにここからまた俺の肩に乗せるのは無理だな。

 幸い、日曜日だけどそこまで混んでないから、大丈夫そうだな。

 俺はゆっくりと綾奈の頭を俺の膝に乗せた。

 やっぱり綾奈は起きる気配はなく、規則正しい寝息をしている。

 正面を見ると、二十代中頃くらいのお姉さんと目が合ってしまい、俺は咄嗟に会釈をした。

 すると、お姉さんも会釈を返してくれた。微笑ましいものを見るような表情で。

 ちらりと横を見ると、綾奈の隣には、二十代前半くらいの若い男がいて、こちらをチラチラ見ている。

 綾奈はおれの膝枕で寝ているから、もしかしたら痴漢行為に及ぶかもしれないと直感で思った俺は、自分のカバンで綾奈のお尻を隠した。

 これで手は出せないはずだ。

 それからは特に何もなく電車に揺られ、地元駅の一駅前で綾奈を起こしたんだけど、俺に膝枕されている状況に、大声を出して飛び起きた。

 膝枕するまでの記憶がないから、まぁ仕方ないか。

 俺は近くにいた人たちにお詫びの意味で頭を下げた。

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