第743話 約束の場所へ

 一時十五分……約束の時間まで残り十五分になったところで、俺たちはステージ横……『STAFF ONLY』と書かれた看板の近くに立っていた。

 看板の傍には警備員さんが二人立っている。あそこから先に、無関係な人間を立ち入らせないために。

 だけど、俺たちが受付のお姉さんからもらったマップにしるされた印は、あの看板の先にあり、俺たちは看板の先に行けるアイテム……『GUEST』と書かれた紙が入った名刺入れを持っている。

「「……」」

 俺たちは緊張した面持ちで見つめ合う。

「……緊張するな」

「う、うん。本当に入っても大丈夫なのかな?」

「これがあれば、大丈夫とは思うけど……」

 俺は手に持った名刺入れを見る。

 俺たちが杏子姉ぇからもらったあのチケットに、一体どんな秘密があるというのか……俺はここまでの時間で何度かそれを考えていた。

 俺たちが受け取ったチケットにだけ、小さなくぼみがあったし、よくよく考えれば杏子姉ぇから……テレビや雑誌なんかで見る側の人間からもらったチケットなのだから、その時点で普通ではないのは確かなんだけど、だからと言ってここまで予想なんてできっこない。

 なんか、あの『STAFF ONLY』の看板の向こう側が、ちょっとした異世界に見えてきた。

 あ、異世界へ通ずるゲートの番人……もとい、警備員さんと目が合ってしまった。

 俺は慌てて警備員さんから目を逸らした。

 やべぇ……これじゃ俺、不審者じゃん。

 ここで警備員さんの向こうを見ていたら、そりゃ誰だって怪しむよな。もしかして、名刺入れ《これ》持ってても入れてくれないんじゃあ……。

 警備員さんに怪しい者じゃないアピールをするために、ズボンのポケットからスマホを取り出して時間を見たら、約束の時間まであと五分になっていた。

「やべ、そろそろ行かないと……」

「う、うん。招いてもらってるのに、遅刻なんてできないよね」

 俺たちは緊張した面持ちで頷き合い、ネックストラップを首にかけ、手を繋いで警備員さんに近づいた。

 近づいてくる俺たちを、警備員さんはすっごい訝しむように見ていたが、俺は勇気を出して声をかけた。

「あの……俺たちこれを持ってて、一時半にこの先に来るように言われてるんですけど……」

 俺が名刺入れを警備員さんに見せると、警備員さんは目を見開いて「ああ」と言い、続けて言った。

「そういやそんな話を聞いてたな。君たちがそうだったのか。彼氏君がじっとこっちを見ていたから、強行突破しようとしてるのかと思ったよ」

「あ、あはは……すみません……」

 やっぱり不審者に見られてたか。

 綾奈も怪しいヤツ認定させてしまったことにちょっと反省していると、警備員さんは俺の肩に手を置いた。

「どういう経緯でそれを持ってるのかは知らないけど、『それを持っている人が来たら必ず通すように』とも言われてるからね。怪しんで悪かったね」

「い、いえ! 警備員さんが怪しむのは当然ですよ! 俺の方こそ、怪しまれるような行動をして、すみませんでした!」

「はっはっはっ! まぁなんだ、もう時間もないから、早く行きなさい」

 笑いながらそう言うと、警備員さんは俺の肩をぽんぽんと叩いた。

「は、はい! 行こう、綾奈」

「う、うん!」

 俺たちは警備員さんに頭を下げ、異世界へ足を踏み入れた。


 看板の向こうは、マジでスタッフさんやフェスの関係者しかいない。走って移動したり、スマホで誰かと電話しながら歩いていたり、手押しの台車に何か入ってそうなダンボールを積み重ねて走っている人が通り過ぎていく。

 出演者らしき人はほとんど見かけないな。今まさにステージに立っているユニットもいれば、どこかで振りや立ち位置の最終確認をしていたりするのか、それともどこか別の場所で待機しているのか……マジで見当たらない。

 それにしても、このメインステージ、マジでデカイな。都会のそれには負けてしまうと思うけど、それでもキャパは千人くらいありそうだ。

 今はとあるアイドルグループのメンバーが喋っている。MCの最中らしい。

 はっきりと聞こえるんだけど、ほとんど耳に入ってこない。

 文字通り場違いな所に来ているから、緊張で何も考えられない。

 綾奈も表情が硬い。お嫁さんも緊張しているようだ。

「綾奈、大丈夫?」

「な、なんとか……真人は大丈夫?」

「俺もなんとか……」

 そんなぎこちない会話をし、苦笑いをしてからお互い前を向いてゆっくりと歩く。

 そして目的地のステージの裏側近くに来ると、一人の女の人が立っていた。

 ステージ衣装に身を包んでいることから、どうやらこのフェスの出演者……アイドルの一人なんだろうけど……あれ?

 あんまり高くなさそうな身長に、長い漆黒の髪───

「ま、真人……あの人って……!」

「あ、あぁ……」

 どうやら綾奈も気づいたようだ。

 俺たちは確信しながらもその人の名前は口に出さず、立っているアイドルに近づいていく。

 すると、向こうも俺たちに気づいたようで、バッチリと目が合った。

「あ、来たわね? 時間ピッタリ」

「「!?」」

 俺たちは驚くことしかできなかった。

 だって、目的地で待っていたアイドルは、今人気急上昇中のアイドル、『STAR AXELL』の早川さりなその人だったから……!

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