第740話 フェスにはひとりで?
「ところで泉池。お前はひとりで来たのか?」
綾奈も泉池も落ち着いた頃、俺は泉池に素朴な疑問をぶつけた。
泉池と一緒に来ている人がいるのなら、共に物販列に並んでいてもおかしくないし、俺たちの会話に入ってもおかしくない。
……まぁ、あえて他人のフリをしているというのもあるのかもしれないけど、泉池が近くの人に話を振らないのを見ると、近くに知り合いはいないみたいだ。
ということは、今は別行動をしているか、泉池ひとりで来たと予想するのが妥当なんだけど……。
「あぁ、ひとりで来たんだ。周りに同じ趣味の友達がいなくってな」
どうやら本当にひとりで来たみたいだった。
うちの高校って、アイドルが好きな人って少ないのかな? 俺もまだそこまでじゃないからかもだけど、あまり学校でアイドルの話題をしているのを聞かない。
でも泉池はドルオタっていうより、単純に可愛くて綺麗な女の人が好きな気がする。
でなければアイドルじゃない杏子姉ぇにハグなんて求めないだろうし。
俺がそんな予想を立てていると、泉池は何やら嬉しそうな声音でこう言った。
「というか中筋がアイドル好きとはな……クラスメイトに仲間がいたのは驚きだよ」
「え?」
「しかもそういう趣味に理解がある彼女さんとか最高じゃないか! 羨ましいヤツめ!」
「ち、違う違う! ちょっと待ってくれ泉池!」
俺は泉池を制止させながら理解した。
なるほど……泉池の中では俺が今日のアイドルフェスを楽しみにしていて、綾奈が俺の付き添い……フェスデートを了承してくれて、一緒に来たんだと思ってるのか。
確かに、普通に考えたらそうだよな。俺も泉池と同じように考えるわ。
「え?」
「えっとな泉池……実はドルオタなのは俺じゃなくて、俺の彼女……奥さんの方なんだよ。だから今日のフェスも、俺より綾奈の方が楽しみにしてたんだよ」
「ま、マジでか!?」
俺の話を聞いて、泉池は驚いた様子で綾奈の方を向いた。
「……奥さん……真人の、奥さん……えへへ~♡」
その綾奈はというと、またふにゃふにゃな笑顔を見せていた。
泉池が綾奈を『彼女』と言うから、俺はあえて『奥さん』と訂正した。
泉池も間違ってはいないけど、やっぱり俺たちは婚約しているし、婚約してからは俺たちはお互いを『彼氏彼女』とはあまり呼んでいないからというのもあるし、他の人にもそう認識してほしかったから言い直したんだけど、一番のリアクションを見せたのは俺の奥さん本人だった。
綾奈はすごくご満悦な表情で俺の腕に抱きついた。
そして俺の二の腕に自分の頬を擦り付けている。
ちょっと甘えモードに入ったかな?
「綾奈、そうしてくれるのは嬉しいけど、列が動いたから俺たちも前に進むよ」
「は~い!」
「……つっこむことろ、そこなのか?」
泉池は俺たちを見ながら前に詰めた。
俺、何か変なこと言ったかな?
それからも列は進み、もう少しで買えるというところで、泉池は俺たちに質問を投げかけた。
「えっと……西蓮寺さんがアイドルオタクということは、今日のチケットも西蓮寺さんが?」
「違いますよ」
「俺が貰ったんだよ。いとこのお姉ちゃんから」
「なるほど。杏───」
「しー!」
泉池が杏子姉ぇの名前を言いそうになったので、俺は慌てて人差し指を口に持っていき、止めた。
俺があえて名前を出さなかったのに、それを無に帰されるところだった。
「え?」
……どうやらわかってないらしい。
「泉池。耳を貸してくれ」
「お? おぉ……」
泉池の方が身長が高いので、膝を折ってくれたので、俺は泉池の耳に顔を持っていく。
「こんな場所で杏子姉ぇの名前なんて出してみろ。それで周りに勘づかれて万が一杏子姉ぇに迷惑がかかったら大変だろ」
「あ、あぁ……確かに……」
杏子姉ぇは学業専念のために芸能活動を休止してるんだ。もしここで名前を出して、一哉や千佳さんのような感の鋭い人がいたら、それだけで氷見杏子と予想、特定されかねない。
ここに来ている人の中にも杏子姉ぇのファンは絶対にいるだろうから、万が一ストーカーなんてされたらたまったもんじゃない。
俺は泉池から顔を離し、また綾奈と手を繋いだ。
「いとこのお姉ちゃんから、俺たちの交際半年記念でプレゼントされたんだよ」
「なるほど。き……そのいとこのお姉さんめちゃくちゃいい人だな」
「そうだな」
「私も大好きです!」
普段はマジでイジられまくってるけど、本当に俺や綾奈を思ってくれてるからなぁ。
週明けに今日のことを色々話さないといけないな。
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