第739話 エンカウント

「「「……」」」

 俺と綾奈は泉池を、そして泉池は俺たちを見て固まっていた。

 おいおいマジかよ。まさかこのアイドルフェスで知り合い……それもクラスメイトに出会でくわすなんて……。それもこの広い会場でバッタリじゃなく、物販列でなんて……どれだけの低確率を引き当ててるんだ。

「あ、泉池。列、動いたぞ」

「ん? あぁ、すまん中筋」

 泉池の前の人たちが動いたのが目に入ったので、泉池に言うと、泉池も前に進んだ。

「……って、そうじゃないだろ!」

 列を詰めた泉池が叫んだ。近くにいた人は驚いて泉池を見る。

「なんだよ泉池。突然大声出したら周りの人がびっくりするだろ」

「なんでお前がここにいるんだよ!? しかも彼女まで連れて! そんでなんでお前はそんなに冷静なんだ!」

「いや、驚いたけど、めっちゃ驚いてるお前を見て逆に冷静になれた」

 めちゃくちゃ驚いている……慌ててる人を見ると冷静になれるってのは本当なんだな。

 俺が冷静に息が荒い泉池を見ていると、手を繋いでいた綾奈が俺の背中に隠れた。

「……綾奈?」

「うぅ~……」

 俺の背中から顔を少しだけ出して泉池を見ているみたいだけど、なんだかちょっと怯えてるのか、泉池を威嚇してる?

 泉池がデカいから? だとするとゲーセンの店長にもビビってないとおかしいよな。

「……え? えっと、俺、何かした?」

 泉池も怖がられる覚えがないみたいだ。今が初対面なんだから当然なんだけど。

 俺たちが綾奈が威嚇してる理由を考えていると、綾奈は俺の背中越しに叫んだ。


「ま、真人以外の男の人のハグは、絶対に嫌です! 真人にもしないでください!」


「「…………」」

 俺も泉池も、綾奈の叫びを聞いた周りの人たちも、一瞬時が止まったかのように動けなくなった。

 いち早くフリーズが解けた俺は、綾奈に叫んだ理由を聞いてみた。

「綾奈。どうしていきなり……」

「……だって、この人三学期に真人にハグしようとしてたから」

「……あぁ! アレか!」

 思い出した!

 杏子姉ぇが転校してきた昨年度の三学期。泉池は前の日に杏子姉ぇが俺に抱きついてきたのを知って、俺とハグすることで杏子姉ぇともハグしたという、間接ハグ理論を展開してきたんだった。

 泉池もそれを覚えていたのか思い出したのかはわからないが、とにかくびっくりしている。

「な、なんで中筋の彼女さんがそれを知ってるんですか!?」

 学校が違う綾奈がなぜあのやり取りを知っているのか……その答えは───

「一哉君があの時の動画を送ってくれたからです!」

 そう、一哉が面白半分であのやり取りを動画に収めていて、それを綾奈に送ったからだ。

「や、山根えぇぇぇぇぇ!!」

「まぁ、そういうことだ」

 多分、綾奈は泉池こと、ハグ魔か何かだと思ってるんだろうな。しかも男女問わずの。

 でも、確かに泉池は脳筋な部分はあるが、決して悪いヤツではないから、ハグ魔の認識が取れなかったら後で誤解を解いておくか。

 まだしばらくはグッズは買えないから、この並んでいる時間に少しでも泉池に対する認識をいい方向に持っていけたらいいな。

「……『俺の女』……えへへ♡」

 俺があの時、泉池にキレて言った『俺の女』というフレーズを思い出したみたいで、綾奈は顔を赤らめてふにゃふにゃした笑みを見せていた。

 俺はもちろん、泉池や偶然綾奈のゆるゆるな笑顔を見た周りの男は、もれなく綾奈に見惚れていた。

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