第738話 ドルオタなお嫁さん

 少し歩くと、グッズ販売の列が見えてきた。

 列の後ろにはスタッフさんが『グッズ販売の最後尾はこちら』と書かれた札を持っている。

 並んでいる人数は……ざっと百人くらいはいそうだな。

 だけど対応しているスタッフさんも多いので、そんなに待たなくても買えそうだな。

「けっこう並んでるね」

「でもきっとすぐ買えるよ。ところで綾奈は何を買うの?」

 俺がそう聞くと、綾奈は立ち止まってスマホを取り出した。

 なんだ? 公式サイトのグッズページでも開くのかな?

「えっとね……Tシャツとマフラータオルとサイリウムと、ラバーバンドとキーホルダーと……」

「いっぱい買うね!」

 俺はせいぜい二、三種類くらいだと思ってたけど、列挙していった数が既に倍くらいになっている。

「うん……。サイトでグッズの画像見てたら、かわいいのばかりでどれも欲しくなっちゃって……」

「なんか今、綾奈ってやっぱりアイドルオタクなんだなって改めて思ったよ」

 綾奈の部屋にはCDもグッズもほとんど無かったし、今までカラオケぐらいしかアイドルの話をしなかったから、そう思う機会もなかったけど、こんなに活き活きとしてるお嫁さんを見ると、もう疑う余地もなかった。

 綾奈は紛れもないアイドルオタクだ!

 こういうグッズとかCDとかって、どうやって収納してるんだろう?

 綾奈の部屋の押し入れか、明奈さんと弘樹さんの寝室にあるのかな?

「うぅ~……」

「あ! 別に幻滅したとかじゃ決してないからね! むしろお嫁さんのけっこうコアな趣味を深く知れて嬉しいくらいだから」

 綾奈がなんだか可愛く唸りながら俯いてしまったので、慌てて思っていたことを言ったんだけど……逆にちょっとわざとらしかったかな?

「幻滅してるとかは全然思ってないよ。ただ、改めて言われるとちょっとムズムズするというか……」

「綾奈、普段はドルオタな振る舞いはしないし、アイドルの話もしないもんね」

「周りに詳しい人がいないのもある、かな」

「なら俺には遠慮しないで話してよ。綾奈が俺と話したくてラノベに手を出したのと同じように、俺も綾奈と好きなことを共有したい」

 前にアイドルのCDを貸してもらったけど、言ってしまえばそれだけだ。

 だから俺も、綾奈の好きなものをもっと知りたい。そしてそれを俺の好きにもしたい。

「まさと……ありがとう」

「夫婦なんだからさ、これくらいでお礼は言いっこなしだけど……どういたしまして」

「ふふっ」

「あはは」

 俺たちは笑い合いながら、物販の列に並んだ。俺たちの前にはガタイのいい男の人の背中がある。


「ところで、綾奈はけっこう買うみたいだけど、お金は大丈夫?」

 さっき綾奈が列挙したグッズの価格を単純計算したら、一万円はいかないにしてもけっこうな額になっていた。綾奈は俺と同じでバイトしてないから、予算があるかちょっとだけ不安だったけど……。

「それは大丈夫だよ。お小遣いはそんなに使ってないし、今年のお年玉も半分くらいは残してたから」

「マジで!?」

 お年玉を貰ってから既に四ヶ月半は経っているぞ! それがまだ残ってるなんて凄くないか!? 俺は一月で使い切ったというのに……。

「だから予算は全然あるんだよ」

 綾奈は俺を見ながらピースサインをした。可愛い!

「凄いなぁ……。俺はラノベやゲームで使ったっていうのに……」

「私は単に使い道があまりなかったから……。せっかくのお年玉を使うのは悪いことじゃないよ」

 綾奈はすかさず俺のフォローをしてくれる。とても嬉しいけど、やっぱり俺は綾奈を尊敬する。

「それでも節約できるってのは凄いと思うし尊敬もするよ。俺はあんまり得意じゃないからさ」

 自堕落な生活を脱して節約も頑張ろうと意気込んでいた時期もあったけど、お金のかかる趣味をしているから、結果的にほとんど残らないのだ。

 いい加減、こらえ性ってのも身につけないとな……。

「……えへへ、ありがとう」

 綾奈は、俺が頭を撫でた時によく見せてくれるふにゃっとした笑みを見せてくれた。突然の笑みにドキドキする。

「こ、これは将来、綾奈に財布の紐を握って貰わないとな」

「ふふ、じゃあ真人のお小遣いもしっかり管理するね」

「綾奈さん。そこは是非とも多めにお願いします」

「え~、どうしようかな~?」


「……まさと?」

 俺たちが楽しく将来の金銭管理について話していると、一つ前にいるガタイのいい背中の主から突然俺の名前が聞こえた。

「「え?」」

 突然のことにびっくりした俺たち夫婦は、会話を止めてその背中を見る。

 え!? この背中……まさかアーケード内にあるゲーセンの店長───

「や、やっぱり中筋か!」

 ガタイのいい背中の主が後ろを……俺たちの方を向くと驚いていた。

 もちろん俺も驚いた。だってそいつは、ゲーセンの店長の磯浦さんではなく───

「お、お前は……泉池!?」

 俺のクラスメイトの泉池剛だったからだ。

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