第737話 渡されたふたつの物

「お待たせして申し訳ありません。最後にお客様のお名前を確認してもよろしいでしょうか?」

 名前を? なんの意図があって聞いてきてるのかはわからないけど、さっきダンボールから取り出した何かが関係してるのだろうか?

 まぁ、ここで何かしら変なトラブルに巻き込まれることもないだろうから、言っても問題ないだろう。

 俺は綾奈とお互いに見つめ合い、そして一緒に頷き、お姉さんに名前を告げる

「中筋真人です」

「私は西蓮寺綾奈です」

 俺たちが自己紹介をすると、お姉さんは笑顔で頷いた。

「中筋様、西蓮寺様。ありがとうございます。私たちはを持っている方に、これを渡すよう指示されておりますので、どうぞこれをお受け取りください」

 そう言ってお姉さんが見せてきたのは、ネックストラップが巻き付けてある名刺入れ……マンガやドラマで、サラリーマンやOL役の人が首からぶら下げている社員証入れみたいなものだった。

「こ、これってなんですか?」

「この場では詳しく話せませんが、それを持って午後一時半にこのマップの印がついた場所へ行ってください」

 そう言ってお姉さんが次に渡してきたのは、三つ折りにされたこのフェス会場のマップだった。

 それを開こうとしたら───

「あ! この場では開けないでください!」

 お姉さんにけっこう強く止められた。

「え?」

 俺が驚いた表情でお姉さんを見ると、お姉さんはチラッと他のお客さんの方を見た。

「…………あぁ」

 ちょっと考えつくのに時間がかかってしまったけど、つまりはこういうことか。

 今この場で開いてしまったら、他のお客さんの目にも、このマップに入っている印が入ってしまうから、それを防ぐために、この場ではなくて他の人が居ない場所で開いて確認してくれということなんだ。

 俺は開きかけたマップを閉じて、お姉さんを見た。

「わかりました。地図はあとで確認します」

「ええ。お願いします」

 お姉さんは俺たちに頭を下げ、再び見た表情は笑顔だった。

「それでは、このフェスを存分にお楽しみください」

「はい」

「ありがとうございます。行こ、真人」

「うん」

 俺たちはお姉さんに軽く頭を下げて、いよいよ会場へと足を踏み入れた。

 そして最初に隅の方に移動し、二人でお姉さんから渡されたマップを見た。

「……え? ここって───」

「ステージの、裏側!?」

 二人で印を探して、見つけたのが綾奈の言ったように、ステージの裏だった。

しかもここは……関係者以外の立ち入りは禁止されているエリアだ。

「な、なんでこんな場所に……? というかそもそも入れないだろ」

「真人。お姉さんからもらったものも確認しようよ」

 俺たちはお姉さんから最初にもらった名刺入れのようなものをポケットから取り出す。

 名刺入れを隠すように巻かれたネックストラップをゆっくりと解いていくと、名刺入れに入っていたのは、『GUEST《ゲスト》』と太い黒字で書かれた一枚の紙だった。

「は、はぁ!?」

「な、なんで……!?」

 これには俺たち夫婦は素で驚いた。

 つ、つまり……これを持っていれば、ステージの裏側にも入ることができる!

 一体なんで俺たちにこんな物を!?

 あのチケット……杏子姉ぇから貰ったけど、やっぱりそれが関係してるのは間違いないだろうけど……ダメだ! 考えたって答えなんて出ない。

 杏子姉ぇがこの件にからんでるのは間違いないけど……やっぱりそれ以上の予想ができない。

 単純に、今のこの現状が理解できてないってのもあるけど……。

「……綾奈」

「なぁに? 真人」

「とりあえず……フェスを楽しもっか」

「……うん!」

 せっかく来たんだ。ここで出ない答えにずっと頭を悩ませて、フェスを楽しむ時間が減ってしまっては本末転倒だ。

 一生に一度しかない交際半年記念、そしてこんな滅多にないイベントに来てるんだ。楽しまないと損だ。

 疑問は一度、空の彼方へ投げておくとして、俺たちは印を気にせずにマップを見る。

「最初はどこに行こうか?」

「あのね真人」

「ん?」

 綾奈は言いにくいことを言おうとしているのか、上目遣いでなんかもじもじしている。可愛い。

「……ま、真人がよかったら……」

「うん」

「……グッズ、買いたい!」

「いいよ」

 俺は即答した。

「へ? ……い、いいの?」

「もちろんだよ」

「な、並ばないといけないと思うけど……」

「でも早く行かないと綾奈が欲しいグッズが売り切れてしまうかもしれないだろ? 善は急げだよ」

 グッズは後から買った方が並ばずにスムーズに買えるが、その分人気の物は大体売り切れてしまう。なら迷う必要なんてない。

「う、うん……」

「俺にそんな遠慮はしないでよ。ほら、行こ!」

「あ……うん!」

 俺は綾奈の手を取って、フェス会場から近いグッズ売り場へと移動した。

 手を取ったあとの綾奈の笑顔は、ここに集結してるであろう沢山のアイドルの笑顔より輝いて見えた。

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