第736話 いざ、フェス会場へ

 朝食を食べ、準備をし、家を出るタイミング。明奈さんと弘樹さんが玄関まで見送りに来てくれた。

 ちなみに綾奈のコーディネートは、白色のロングワンピースにピンクのパーカーといった、シンプルで動きやすい装いだ。

「綾奈、真人君。気をつけてな」

「二人とも楽しんでいらっしゃいね」

「ありがとうお父さん、お母さん」

「おふたりとも、ありがとうございます」

 弘樹さんと明奈さんは、俺にも優しい笑みを見せてくれた。

 まるで本当の子どもを送り出すような、そんな眼差しを俺にも向けてくれている。すごく心が暖かくなる。

「真人君。今日のお夕飯はどうするのかしら?」

「夕飯、ですか?」

 ここで食べるとは考えてなかった。早くに戻ってきて、自分の家で食べようかと思ってたけど……。

「ええ。せっかくだからここで食べていきなさいな」

「い、良いんですか!!」

「もちろんよ。そうしてくれると私も夫も嬉しいわ。ね、あなた?」

「そうだな。真人君、うちで食べていきなさい」

「っ!」

 あぁ……やべぇ。嬉しくてちょっと泣きそうだ。

 俺はこんなにも優しい義両親をもつことができて、幸せ者だ。

「はい!」

 俺は目頭が熱くなりながらも、力いっぱい返事をした。

 そうして午前七時四十分。俺と綾奈は家を出て駅に向かった。


 会場に到着したのは十時半を少しすぎたくらいだ。

 電車とバスを乗り継いで、少し歩いた所にある、大きく開けた広場が今回のアイドルフェスの会場だ。

 俺たちは今、入口から少し離れた場所に立っているのだが……。

「人が多いな」

「ね~!」

 開場時間から二時間以上は経過してるのに、俺たちのように今会場にやって来た人がいっぱいいる。

 女性アイドルが集まるフェスなので、男性客が七割……いや、八割? とにかく男性客がほとんどを占めている。

 そして俺たちを通り過ぎる人たちが、必ずと言っていいほど綾奈を見ている。女性客っていうのもあるんだろうが、綾奈を見た人たちがほとんど目を見開いてびっくりしてるんだよなぁ。

『え? あの子、アイドルじゃないよな!?』とか思ってるのかな?

 俺のお嫁さん、マジでアイドル並みかそれ以上に可愛いからな。

 しかし、このお客さんの中に、『綾奈の方がこのアイドルフェスを楽しみにしていた』ってわかってる人は何人いるのかな?

 もしかしたら同じ女性客なら分かるかもしれないが、男性客からしたら、『女性アイドルフェスに彼女を連れてくるとか……』って思ってる人がほとんどな気がするなぁ。

 今だって通り過ぎる人が綾奈を見てびっくりして、そして俺を見て何か言いたそうな視線を送ってくる人が何人かいるし。

 そんなことを考えていると、手を繋いでいる綾奈が俺の手をにぎにぎしてきた。

「真人。私たちも早く入ろうよ!」

「そうだね。入ろう」

 ここにいたら他の人の邪魔になってしまうし、フェスを楽しむ時間がなくなってしまうからな。

 俺はチケットを取り出し、一枚を綾奈に渡し、入り口そばにある受付に向かい、列に並んだ。

 けっこう人が並んでいたけど、ハケがいいのか五分くらいで俺たちの番になった。

「アイドルフェスにようこそ。チケットをお出しください」

「「はい」」

 俺たちは受け付けの、このフェスのTシャツを着ているお姉さんにチケットを手渡した。

「拝見しますね。……ぁ」

 お姉さんが俺たちのチケットを見てわずかに声を出した。

 そして俺は見てしまった。チケットの左端にある穴あけパンチを使ったような箇所を確認するために、お姉さんが人差し指でチケットをなぞっているのを。

 なぜそれをしたのかを不思議に思っていると、お姉さんがこんなことを聞いてきた。

「お客様。失礼ですが、このチケットはどこで手に入れられました?」

「……え? えっと、いとこのお姉さんから貰いました」

 俺が正直に伝えると、お姉さんはキョロキョロと辺りを見て、俺たちに顔を近づけ、そして小声でこう質問してきた。

「そのいとこのお姉さんというのは、ひょっとして氷見杏子さんですか?」

「そ、そうですけど……」

 なんでお姉さんがいきなり杏子姉ぇの名前を出したのかはわからないけど、ここで杏子姉ぇの名前を周りに聞こえる声量で言ったら確実にザワつく。

 それに俺が杏子姉ぇのいとこだというのも知られずにすんだし。

「ちょっと失礼します」

 俺たちにそうことわりを入れると、お姉さんは服につけていたインカムで誰かと話しだした。声が小さいし、会場からけっこうな音量で参加しているアイドルの歌が流れてるから内容までは聞き取れない。

 やがてお姉さんは話終えると、近くにあったダンボールから何かを取り出して戻ってきた。

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