第720話 中村なりの決着のつけ方

 どうやら綾奈に用があるみたいだけど、何をするんだ?

 まさかこの期に及んで綾奈を口説く……はないか。

 あれだけのことを言ったんだ。それを舌の根も乾かぬうちに覆したんじゃ、さすがの中村もカッコがつかない。

 これがもし昔の中村なら、警戒するところなんだろうけど、俺は中村は変わったと確信していたから、特に何もしなかった。

「中村君?」

 綾奈は中村の顔を見上げて首を傾げていた。

 これから中村が何をするのか……それだけが気になり、ここにいる全員が中村を見ていた。

 そしてそれは、予想外の結果となった。

「西蓮寺……すまなかった」

 なんと中村はゆっくりと自分の頭を下げ、綾奈に謝罪をしたのだ。

 これには全員が驚いた。

「な、中村君!? な、なんで謝るの!?」

「あのゲーセンでのこと……ちゃんと謝ってなかったからだ」

「あ……!」

 去年の十一月、綾奈と千佳さんの合唱コンクール全国大会金賞受賞の打ち上げで、俺と綾奈、健太郎と千佳さん、そして一哉と茜でゲーセンに行った時、一人トイレから出た綾奈は中村と再会、そこに俺が割って入ると、中村は俺と綾奈の交際が『罰ゲーム』だと言い、俺に暴言を吐いた。

 綾奈がキレて騒ぎが大きくなり、中村はゲーセン店長の磯浦さんに出禁をくらい、悪態をつきながらゲーセンから出ていったんだけど、まさかあの時の謝罪を今するなんて思いもしなかった。

 あの場にいた俺と綾奈と千佳さん、そしてなんのことかわかっていないみんなも、突然の中村の謝罪に驚いている。

「あの時、お前と中筋に言ったこと……ちゃんと謝ってなかったから、いつか謝りたいと思ってた」

「「……」」

「お前の大切な中筋にあんなこと言って、許されるとは思ってないが、それでも謝罪だけはしたいと思ってた。西蓮寺、中筋……マジですまない」

 中村がまだ頭を下げる中、綾奈は俺の腕を離し、中村の正面に立った。

「中村君、顔を上げてよ」

 綾奈がそう言うと、中村はゆっくりと顔を上げた。

「ゲームセンターで見た中村君の態度はびっくりしたしムッとしたけど、変わったんだね」

『ムッ』ではすまないほど綾奈はキレてたと思うんだけどなぁ。あんなにキレた綾奈を見たのは初めてだったし。

 ここで言うと俺が綾奈に怒られそうなので、苦笑いだけしておこう。

「お前のビンタ……相当効いたよ」

「あ、あれは、その……真人をバカにされてカッとなっちゃってつい……ごめ───」

「謝るなよ。俺が悪いんだから、お前は当然のことをしたまでた」

「中村君……」

 中村は綾奈に優しいイケメンスマイルを見せると、綾奈は少し口角を上げた。中村の笑顔にドキドキしてないみたいだけど、落ち着かん。ソワソワする。

「中筋も悪かったな。あんなこと言っちまって」

 いきなりこっちに話を振られたら、ビックリするって。

「えっ!? あ、あぁ……い、いいよ。もう」

 咄嗟に言ったんじゃなく、あの時のことはマジでそうあまり気にしてない。

 五ヶ月くらい前だし、綾奈をバカにされたわけじゃないし、綾奈が怒ってくれたからな。

 中村は俺に笑顔を向けたあと、再び綾奈を見た。

「なぁ西蓮寺……握手、してくれないか?」

「握手?」

 なんで握手なんか……?

「まぁ……俺なりの決着のつけ方っつーか、そんな感じだ」

「……わかった。いいよ」

 綾奈は少し考えてから、右手を出した。

 そして中村は、その綾奈の小さくて可愛い手をゆっくりと、しっかりと握った。

「……」

 綾奈と中村がお互いの顔を見ながら笑顔で握手しているのを見て、何も思わないわけじゃないけど、止められる雰囲気じゃない。

 止めたら空気読めない認定されるし、それに俺の方が異性によく触れられて、綾奈にモヤモヤさせてるんだ。

 中村は俺たちを『お似合い』と言ったんだ。もう綾奈に変なことをするつもりはないだろうから、モヤモヤしようが我慢だ我慢。

 十五秒ほど、お互い見つめあって握手をしていたと思ったら、中村がチラッと俺を見て、目を閉じて鼻を鳴らした。いちいちイケメンだな。

「ふ、そろそろやめておくよ。中筋のやつがヤキモチ焼いてるからな」

「え?」

「なっ……!」

 中村が綾奈の手を離したと同時に、綾奈は俺を見た。

 俺はいきなりそんなことを言われたもんだから、驚いて顔が熱くなっていた。

 そんな情けない俺を見た綾奈は、すぐに俺の手を繋いでにこっと微笑んだ。

「っ!」

 可愛すぎる綾奈を見て、当然ながらドキドキしてしまうんだが、綾奈……今何を思ってるんだろうな? 普通に『かわいい』って思ってそうだ。

「あー……西蓮寺。中筋とくっついたところ悪いが、ちょっと中筋を貸してくれないか?」

「「え?」」

 な、なんだ? 中村のやつ……『俺を貸してくれ』って……。

 まさか俺にも握手すんのか!?

 中村は「中筋」と言いながら、自分の後ろ……駅の奥を親指で指した。あっちで話そうと言ってるようだけど、なんで離れる必要があるんだ?

「……わ、わかったよ」

 綾奈はちょっと残念そうに俺の手を離した。

「悪いな。すぐ済むから。中筋、行こうぜ」

「あ、あぁ……」

 俺は中村の背中を追いかける形でついて行った。

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