第713話 綾奈の逆鱗に触れる

 夕姫ちゃんが慌てた様子で私の両手をがっしりと握ってきた。

「あ、綾奈先輩……江口先輩が言ったことって……本当なんですか?」

「本当だよ。私が婚約してるのは中村君じゃなくて、真人だよ」

「っ! あ、綾奈先輩が……呼び捨て!?」

 私は真人以外の人を呼び捨てにはしていなくて、呼び捨てにし始めたのも去年のクリスマスイブからだから、初めて私が誰かを呼び捨てにしているのを聞いた夕姫ちゃんは本当に驚いていて、信じられないような表情で私を見ている。

 呼び捨てが信じられないと思っていたんだけど、信じられないことがもう一つあったことを、私はすぐに知ることとなる。

「な、なんでですか!? なんで中村先輩じゃなくて中筋先輩なんかと……気は確かですか!?」

「……どういう意味かな?」

 私は笑顔で夕姫ちゃんを見た。もちろんその笑顔は貼り付けたもので、内心ではふつふつと怒りが湧いていた。

「ち、ちょっと夕姫! やめなって……」

「いいえやめません! だって中筋先輩ですよ!? あのデブで不真面目でグータラな中筋先輩ですよ!?」

「不真面目で……グータラ?」

 ……真人が不真面目? この子は何を言ってるのかな?

「え? 乃愛ちゃん、中筋君ってデブじゃないわよね?」

「今はね。私とせとかもちょっと前に知ったんだけど、中学まではぽっちゃりだったんだよ」

 私の後ろでは舞依ちゃんと乃愛ちゃんの声が聞こえる。

 そっか。舞依ちゃんは友達になったばかりだから、ぽっちゃりさんだった頃の真人を知らないんだよね。

「だってそうでしょ!? テストの成績も悪いって聞いたことありますし、友達も山根先輩しかいないし、根暗な陰キャオタクで、唯一褒められるのは歌が上手いことだけ。そんな人が中村先輩と勝負になるわけないです! ううん、私たち『圭×綾カプ至高同盟』は元々綾奈先輩の彼氏は中村先輩しか認めてないんです! だから綾奈先輩……目を覚ましてそんな指輪は返して金輪際関わら───」

「ねぇ、夕姫ちゃん……ううん、

「……え?」

「あ、綾奈……?」

「「「っ!?」」」

 私は八雲さんの言葉を、名前……苗字を呼ぶことで遮り、スカートのポケットからスマホを取り出した。

 そのかんに、八雲さんは「あ、綾奈先輩が、私を……苗字で……うそ」って言ってショックを受けているみたいだけど、私は無視してロック画面を表示させて、それを八雲さんに見せた。

「八雲さんが言ってるのって、この真人だよね?」

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