第712話 綾奈を慕いすぎる後輩

 私を大声で呼んだ女子生徒が、走ってそのまま私の胸に飛び込んできた。

「お久しぶりです綾奈先輩!」

 私よりもちょっと身長が低い、背中まで伸びた朱色の髪とかわいい声が特徴的なこの子は───

夕姫ゆうひちゃん!?」

「はい! 覚えていただけて光栄です!」

「忘れるはずないよ! 同じ合唱部だったもん。久しぶりだね」

 この子は八雲やくも夕姫ちゃん。私の……私たちのひとつ後輩で、中学では同じ合唱部に所属していた女の子。

 普段の声は高いけど、色んな声色を出すことができて、歌もとっても上手で、合唱部では頼れる存在だった。

 そしてかなりの美少女で、中学時代から私のそばによくいた女の子だ。

 そんな夕姫ちゃんが私に抱きついたことで、周りの後輩たちがみんな私たちを見ている。

 うぅ……再会は嬉しいけど、ちょっと場所を移動したいよ。

「千佳先輩もお久しぶりです!」

「うん。久しぶり夕姫。相変わらず綾奈が好きだねぇ」

「はい! 綾奈先輩大好きです!」

 夕姫ちゃんは私を抱きしめる力を強めてきた。慕ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり場所を変えたい。

「ねぇねぇ綾奈ちゃん! この可愛い子、私たちにも紹介してよ」

「う、うん。でも場所を変えてからでいいかな?」

 乃愛ちゃんの言葉に便乗する形で、私は場所移動を提案して、みんなで屋上に移動した。

 ポカポカ陽気で、風もあんまり吹いてないから気持ちいい。

「改めて、私とちぃちゃんの中学時代の後輩の───」

「八雲夕姫です! よろしくお願いします先輩方!」

 乃愛ちゃんたちにお辞儀をして自己紹介した夕姫ちゃんに続いて、乃愛ちゃんたちも自己紹介をした。

 四人の自己紹介が終わったあと、夕姫ちゃんは目を輝かせながら私を見て、こんなことを言ってきた。

「綾奈先輩! 彼氏ができたって聞いたんですけど本当なんですか!?」

「へっ!? うん、できたよ」

 夕姫ちゃんのハイテンションにちょっとびっくりしちゃったけど、私は笑顔でそう答えた。

「うわぁ! おめでとうございます!」

 夕姫ちゃんは満面の笑みで祝福してくれた。

「一年生のあいだでも、もうその情報が広まってるんだね」

「さすが西蓮寺さん」

「すごい人気だよね」

「あぅ~……」

 な、なんだか恥ずかしいよ。そんなに私のことに興味あるものなの!?

 私が恥ずかしがっていると、夕姫ちゃんは下を向いていることに気づいた。

「えっ!? 綾奈先輩……この指輪ってもしかして……!」

「う、うん。本物ではないけど、クリスマスイブに彼から貰った婚約指輪だよ」

 私は左手を夕姫ちゃんの顔の高さまで上げて、夕姫ちゃんが見やすいようにした。

 夕姫ちゃんは目をキラキラさせながら、食い入るように指輪を眺めていて、「可愛い……」って言っている。なんだか無意識で言ってるように感じた。

「じゃあじゃあ! 綾奈先輩は婚約してるんですか!?」

「うん、そうだよ」

「お、おめでとうございます!」

 夕姫ちゃんは私の手を取り、まるで自分のことのように祝福してくれた。

「ありがとう夕姫ちゃん」

 こんなに祝福してくれて……私もとっても嬉しいよ。

 だけど、次の夕姫ちゃんの言葉で、私はもちろん、ちぃちゃんも固まってしまう。


「そっかぁ……綾奈先輩と中村先輩が婚約かぁ……!」


「へ?」

「は?」

「「「?」」」

 乃愛ちゃんたちも『誰?』って感じで首を傾げている。

 え? なんで中村君の名前が出てくるの!?

 私たちの困惑に気づかずに、夕姫ちゃんはさらに続ける。

「あぁ……! 綾奈先輩と中村先輩の至高のカップルが婚約なんて。私の……ううん、私たち同盟の理想がこんなに早く叶うなんて……感激です!」

 や、やっぱり夕姫ちゃんは私と中村君が付き合ってるって勘違いをしてる! それに同盟ってなんのこと!? なんでそんなにうっとりしてるの!?

「ち、ちょっと待って八雲さん!」

 一番最初に我に返った舞依ちゃんが夕姫ちゃんを止めた。

 この様子だと、私の旦那様が誰かということは、一年生は知らないみたいだけど、それでもなんで中村君が出てくるの?

「どうしました金子先輩?」

「中村って……誰?」

「え? 綾奈先輩の旦那様になる超イケメンの人です」

「中筋君の間違いでしょ? 確かに名前……苗字は似てるけど……」

「……は? なんで中筋先輩の名前なんかが出てくるんですか?」

 夕姫ちゃんの声が途端に低くなり、舞依ちゃんをちょっと睨んだ。

 そんなことより、名前……

「あ、ヤバ……」

「八雲さん……勘違いしてる」

「そうだよ! 綾奈ちゃんの旦那様は中村って人じゃなくて、中筋真人君だよ!」

「は……はあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 夕姫ちゃんの大絶叫はこの周辺に響き渡り、私たちは気づかなかったけどこの声を聞いた階下や中庭にいた人たちがみんな屋上に目を向けていた。

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