第709話 茉子の希望する進学先

 茉子に電話をかけようとして、さっきの修斗とのことを思い出し、電話をかける前に【話したいことがあるから電話していい?】とメッセージを送った。

 これでさっきと同じ轍を……いきなり電話をかけて焦らせてしまうという轍を踏まずにすんだな。

 一分くらいスマホを眺めていると、既読になった。

 茉子もメッセージを確認したし、電話をかけるかと思った瞬間、茉子から着信が入った。

「え? ちょっ……マジか」

 まさか茉子から電話をかけてくるとは……ちゃんと『俺からかける』って送っとけばよかったと思いながら、俺は通話ボタンをタップした。

「もしもし茉子?」

『こ、こんばんは……真人お兄ちゃん』

「うん。こんばんは」

 なんか茉子のやつ……慌ててるというか緊張してるな。

 まぁ、電話をすること自体めちゃくちゃ久しぶりだもんな。

「今って大丈夫?」

『大丈夫だよ。でもどうしたの? 真人お兄ちゃんが私には、話したいことって……』

 やっぱり緊張しているよな。

 茉子が俺にまだがあるのかはわからないけど、以前茉子のお母さんの茉里まつりさんが言ったように、茉子は俺に強い憧れを抱いてくれているから、それで緊張してるかもしれないけど、いったん落ち着けさせた方がいいかな?

「茉子。一度深呼吸をしよう」

『え? なんで……?』

「いいから。はい息を吸って───」

 俺は戸惑う茉子に無理やり深呼吸を促し、二度深呼吸をすると、ちょっと落ち着いたように思えた。

「落ち着いたか?」

『うん。ありがとう真人お兄ちゃん』

「どういたしまして。それで本題なんだけど、茉子は……修斗のやつが茉子が俺をお兄ちゃん呼びしてるのを周りに言ったことは知ってるか?」

『う、うん。何人かに『その人って誰?』って聞かれたよ』

 やっぱりか。

 茉子は母校の中学のナンバーワン美少女……そんな人気者の茉子が本当のアニキでもない俺を『お兄ちゃん』って呼んでいるのを知れば、男子も女子も気にならないわけがない。

 きっと色々苦労をかけてしまったよな。

「その、ごめんな茉子」

『え!? なんで真人お兄ちゃんが謝るの!?』

「だって、初詣のあの場面で修斗にちゃんと口止めしてなかったのは確かだし、あの日以外でも言う機会は沢山あったのに、言ってなくて、結果茉子に心労をかけたことになるからさ」

『……』

 茉子は何も喋らなかった。おそらくだけど、俺がこんなことを言うなんて思ってなくて、びっくりしすぎて返す言葉が見つからなかった感じな気がする。

 そして数秒後、茉子が言った。

『もぅ……真人お兄ちゃん、優しすぎるよ』

「そうか?」

 俺はただ心配しただけで、特別なことは何もしてないんだけどな。

『そうだよ。……そんなに優しくされるから、やっぱりまだ……』

「ん? 何か言った?」

 なんかボソボソと言って、聞き取れなかった。

『ううん、なんでもないよ』

 どうやら俺の気のせいだったみたいだ。ならもう気にしない方がいいな。

「それで、何か嫌な思いとかしてないか?」

『大丈夫。何か聞かれても、本当に……こ、心の底から尊敬している人って言ってるから』

「そ、そうか……」

 こう、本人から直接聞くと、やっぱり照れてしまうな。

 まったく……修斗も茉子も、俺を過大評価しすぎだって。

『でも、私がそう言ったら、みんな真人お兄ちゃんが気になりだしたみたいで……』

「え……?」

『もしかしたら、私が真人お兄ちゃんに迷惑をかけちゃったかも……』

 茉子はあの中学のインフルエンサーだ。その茉子にここまで言わせてしまう俺という人物が気になるってのは……まぁ、確かに道理ではあるよな。

「まぁ、それで少しでも茉子に変な輩が近づかなくなるのなら、妹分を守れるのなら歓迎だよ」

 茉子に気があるやつから、意識が俺へとそれれば、それだけ茉子を狙うやつが一時的とはいえ減る。結果、茉子を変なやつの魔の手から守れることになるのなら、それくらいの迷惑はどんとこいだ!

『本当にごめんね真人お兄ちゃん。……それから、ありがとう』

「お礼なんていいよ。それよりももうひとつ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 この際だし、それにいい機会だから、前からちょっと気になっていたことを聞くことにした。

『もちろんいいけど、なに?』

「茉子は、どの高校に進学するのかなって」

 俺が聞きたかったのは茉子の進学先だ。思えば茉子がどの高校に進むのかを聞いた記憶がない。もしかしたらまだ迷っている可能性もあるけど、親友の美奈が高崎を希望しているから、茉子も同じだろうな。

『私の行きたい高校?』

「うん。前々から少し気になってたから」

 数秒の沈黙の後、茉子が言った。

『えっと……風見高校に行きたいなって……』

 だけど、茉子の希望する進学先はまさかの風見高校だった。

「マジで!?」

『う、うん』

「美奈が高崎だから、茉子も同じかと思ってた」

 でもなんでまた風見高校に? 茉子は美奈よりも頭がいいから、高崎にもわりとすんなり入れそうなのに。

 ……もしかして、俺がいるから?

『雛さんがいた高校で、香織さんもいるから』

「あ、なるほど……」

 は、恥ずかしい! 自意識過剰にもほどがあるだろ俺っ!

『そ、それに……』

「それに?」

『う、ううん! なんでもない!』

「?」

 この慌てよう……なんでもないようには思えないけど、聞かない方がいいな。

「なら来年、茉子が風見に入学してくるのを楽しみにしてるよ」

『うん!』

「学校が違っても、美奈と仲良くしてくれよ」

『もちろんだよ。私からお願いしたいくらいだもん』

 俺たちは電話越しで笑いあった。

「じゃあそろそろ……」

『うん……』

 俺たちは「おやすみ」を言い合い、通話は終了した。

 とりあえず、茉子が本気で迷惑してなくてちょっとは安心した。

 修斗もちゃんと約束してくれたし、この件に関しては大丈夫かな。

 安心したら急に睡魔が襲ってきたので、ちょっと早いけど綾奈に『おやすみ』と、愛をメッセージ伝えて眠りについた。

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