第707話 真人の『統べる者』の定義

「───ということがあったんだよ」

 電車を降り、綾奈を家まで送っている途中、俺は今日の昼休みに起こったことを綾奈と千佳さんに話していた。

 喋っている最中、なんだかちょっと疲れた。

「へ~、そんなことがあったんだねぇ」

「あの子たち、三人とも風見に入学してたんだね」

 綾奈は純粋に驚いていたんだけど、千佳さんはなんだか笑いをこらえているように見える。

「よかったじゃん真人。神になれて」

「よくないよ! ちっともよくない!」

 一宮さんたち以外は周りも面白半分で言ってるだけだぞ!? あの陽キャたちの反応がいい例だ。

「マコちゃんがあんたをすごく尊敬してるのはあたしたちはみんな知ってるけど、まさか修斗ってイケメンにまでねぇ」

「いやまぁ……それは素直に嬉しいけどさ……」

 人に尊敬されて嬉しくないやつは絶対にいない。俺もあの二人の気持ちには照れるけど純粋に嬉しい。

「さすが、三校のカーストを統べる者!」

「統べてない統べてない!」

 最初からそんなの考えたこともなかったし、実際に俺は統べているとは微塵も思ってない。

「ほ、ほら、真人は優しくてずっと良い行いをしてきたから、えっと……徳を積んだからマコちゃんにも横水君にも慕われて、今に繋がってるんだよ!」

 綾奈がラノベを読んで得たであろう言葉知識で俺をフォローしてくれている。嬉しいし、ちょっと必死になっているのがまた可愛い。

「ありがとう綾奈」

「えへへ♡」

 俺が綾奈の頭を撫でると、綾奈はふにゃっとした笑みを見せてくれた。あぁ可愛い!

「というか『統べる者』ってさ、俺の中だと王様や勇者のイメージがあるんだよね」

「王様や勇者……?」

 綾奈は上目遣いで俺を見ながら首を傾げた。めっちゃ可愛い!

「う、うん。王様は文字通り国を統べているし、勇者も様々な力を得て、そして統べて魔王に立ち向かうって感じだけど、俺はいかにもそんな感じじゃないじゃん」

 俺はどこにでもいる、単なる陰キャオタクな高校二年生だ。そんな大仰な存在じゃない。

「確かに茉子と修斗には慕われているよ? でも杏子姉ぇは俺をイジり倒してくるし、風見一のイケメンだと思う健太郎は親友で、高崎一の美少女の綾奈はお嫁さん……綾奈と健太郎は対等な存在だから、統べるなんて言葉は絶対に使いたくない」

「真人……」

 細かく言えば、綾奈と健太郎にも、旦那様と親友という立ち位置で慕われていると思う。だけどそれと同時に、俺だって二人を尊敬してる。

 修斗のサッカーにひたむきな所も尊敬してるし、茉子の優しさ、初詣で見せた……俺は聞いたになるのかな? とにかくあの芯の強さも尊敬してる。もちろん杏子姉ぇは年上で、頑張って今の超人気女優の地位まで上り詰めたんだから尊敬する。

「統べるってのは、双方が尊敬の念を抱いていたら成立しないって思ってるからさ……だから統べるなんて言葉は当てはまらないよ」

 俺の言葉を聞いて、二人は黙ってしまったけど、五秒くらいして、千佳さんが頭をかきながら「はぁ……」と小さくため息を漏らしてから、続けてこう言った。

「あんたらしいと言えばらしい、か。悪かったね真人。面白半分で言っちゃって」

 どうやらあのため息は自分に向けてのものだったようだ。

「いいよいいよ。そんなに謝らなくても……っ!」

 手を繋いでいた綾奈が突然俺の腕に抱きついてきたものだからびっくりした。

 や、柔らかい感触も……伝わってくる……!

「あ、綾奈……?」

「やっぱり真人は……私の旦那様はすごい人だなって。大好き!」

「あ、ありがとう綾奈……俺も、大好き」

 そんな俺たちのいつものやり取りを見ていた千佳さんは、またも「はぁ……」とため息を漏らしこう言った。

「やっぱりそういうオチになるんだねぇ」

「あ、あはは……」

 俺は苦笑いをしてから、気を取り直すように咳払いをして、綾奈を見た。

「ねぇ綾奈」

「なぁに真人?」

「その……茉子の秘密がバレた件でさ、今日修斗と茉子に電話をしようと思ってるんだけど……いいかな?」

 修斗にはちょっとした注意と、茉子はちょっと心配だったから。

 綾奈が知らないところで俺が他の女の子に電話をかけるのは、綾奈からしたらやっぱり嫌だと思ったから、こうして了承を得ることにしたのだ。

「もちろんいいよ。私もマコちゃんが心配だったから、連絡してあげて」

 綾奈は秒で了承してくれた。以前に茉子にはもう嫉妬しないって言ってたし、表情からしてマジで嫉妬はしてないみたいだ。

「ありがとう綾奈」

「全然だよ」

 その後、綾奈の家に到着して、二人と別れて俺は来た道を戻り家路に着いた。

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