第700話 人気女優、来る
その日のお昼休み、俺は教室で親友二人と香織さんの四人で、机をふたつ合わせて弁当を広げた。ちなみに一哉以外が弁当で、一哉はパンだ。
「腹減ったー」
「それなー」
四限目体育とか鬼かよと思いながら、空腹と戦いつつ授業を乗り切り、ついにご飯にありつける。この喜びに、俺はすぐに弁当箱を開けて箸を取り出してから手を合わせた。
「それじゃあ、いただきま───」
その時、廊下にいる生徒たちの歓声が聞こえてきた。男子も女子も、すごくテンションが上がったようになにか喋っている。
そしてその声はどんどん近くなってきている。
「これは……来たな」
「そうだね」
「私はなんとなく来ると思ってたよ」
みんなも、俺も誰が来ているのかわかっていた。
というかその人が歩くだけで周りがこんなに騒ぐ人なんて一人しかいない。
それからすぐに、その人が姿を現した。
「マサ~、みんな~ご飯食べよ~」
「もちろん私もいるよ」
ふたり……いや、紫の長い髪をした女性が顔を見せた瞬間、うちのクラスも歓声が起こった。
女優、氷見杏子。本名は中筋杏子で、俺の父さんのお兄さんの娘……俺のいとこのお姉さんだ。
「いいよ。二人ともこっち来なよ」
「へっへっへっ~……では、おっじゃましまーす」
茜と杏子姉ぇは椅子を一つずつ持ち、両サイドに弁当を置き、椅子に座った。
そういや泉池のやつはいないな。やつも杏子姉ぇのファンなのに……惜しいなぁ。
俺の机には、俺と、対面に香織さん、そして横に杏子姉ぇ……そしてもう一つの机には、一哉と健太郎、そして茜が座っている。
杏子姉ぇは小さめな弁当箱なんだけど、茜がコンビニの袋から取り出したのは大きなおにぎり三つだ。
杏子姉ぇが弁当箱を開けると、そこには色とりどりのおかずが綺麗に並べられていた。後ろで見ていたクラスメイトたちも「可愛い」や、「小さい弁当だな」とか、口々に感想を言っている。
「杏子姉ぇ、それはやっぱり
杏子姉ぇのお母さん……中筋奏恵さん。高三の娘がいるなんて絶対信じてもらえないほどの美貌の持ち主だ。
「そだよ。というかマサ、ちゃんと『お姉さん』って言わないとお母さん怒るよ?」
「あっとそうだった。杏子姉ぇ、ここはオフレコで」
「え~、どうしようかな~?」
杏子姉ぇはにやにやしながら俺を見ている。
杏子姉ぇとは今年の一月に約十年ぶりの再会を果たしたのだが、昔から俺にイタズラするのが大好きだから、絶対にこの状況を楽しんでいるに違いない。
「仕方ないなぁ、大切な弟の頼みだからね。なら、その卵焼きひとつで手を打とう」
「はは~、どうぞお納めください」
俺は弁当箱を杏子姉ぇの近くに移動させると、杏子姉ぇは自分の箸で卵焼きの一つを刺し、そのまま自分の弁当箱に持っていった。
なんか、期せずして人に食べてもらう機会が巡ってきたな。
杏子姉ぇは俺に対して変な忖度なんてしないから、ストレートな感想を貰えそうだ。
「じゃあ早速、マサの卵焼きをいただこうかな~」
杏子姉ぇはなんか嬉しそうに言いながら、箸で卵焼きを半分に割り、一つを箸で掴み口に運んだ。
杏子姉ぇが咀嚼して味わっているのを、ドキドキしながら見る。
「真人、キョーちゃんを見すぎー」
茜の声が聞こえて、俺はすぐに茜を見る。
すると、茜もにやにやしながら俺を見ていた。
このふたりは本当に……!
「しょーがないよあかねっち。マサは私が大好きだから。ね~マサ~?」
この姉……ここで俺が慌てふためくと思ってのイジりなんだろうけど、奏恵叔母さんにさっきのことをチクられる可能性があるけど、杏子姉ぇの思惑通りになんてなってやるものか!
「そうだね。杏子姉ぇのこと、大好きだよ」
俺はにっこりと笑って言ってやった。
イジられまくって困るのも事実だけど、助けられたことも数え切れないくらいあるし、最近もあることがきっかけで、俺のために怒ってくれたことがあったから……。
そして俺が『大好き』と言ったことにより、教室内がザワついた。いや、こっちに集中しないでご飯食べなよ。
杏子姉ぇはというと、目を見開いて俺を見ていて、頬がどんどん赤くなっていってる。
「ふ、ふ~ん……マサ、私が大好きなんだ……へ~そうなんだ……」
めちゃくちゃ照れてるな杏子姉ぇ。
最近になって知ったんだけど、杏子姉ぇはこうやってイジりをストレートで返されることにめちゃくちゃ弱い。
「というかアヤちゃん以外の女の子を気軽に『大好き』なんて言ったらダメじゃん! アヤちゃんに言っちゃうよ!?」
「杏子姉ぇは親戚……家族なんだから綾奈も気にしないよ」
それがわかっているからこそ、さっきのような返しができるのだ。さすがに家族以外には言わないよ。
「弟が女慣れして……お姉ちゃんは複雑だよ」
「女遊びしてるように聞こえること言わないでもらえる!? 俺は綾奈一筋だからさ!」
くそ、やっぱりただでは転ばないな杏子姉ぇは……。
そんな杏子姉ぇは俺のツッコミにケラケラと笑っていた。
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