第698話 イチャイチャタイムの可愛いハプニング
「綾奈……」
「ましゃと……」
今、俺の右手は綾奈の左肩に、左手は綾奈の腹部にある。
俺も早く綾奈を抱きしめたくて力を込めてるんだけど、今の力で綾奈の首に巻き付けていたら綾奈は苦しくなっていただろうし、左手も今の右手のようにしていたら、おそらく胸を触っていたかもしれない。
もしそうならムードが壊れていたかもしれないから、咄嗟とはいえ、我ながらナイス判断だと思った。
綾奈はゆっくりと手を伸ばし、俺の右腕を掴んだ。その手には少し力が込められている。
「綾奈……」
俺は愛しい人の名を呼び、綾奈の右頬にキスをした。
「あ……」
「好きだよ綾奈」
「わたし、も……好き……ましゃと」
それから二、三回ほど頬にキスをすると、綾奈は首を右に回し、俺を見てきた。
息が若干荒く、頬は真っ赤になっていて、瞳も潤んでいたのだけど、その瞳には何かを訴えかけているようにも見え、俺はそれをすぐに理解した。そして───
「んっ……!」
俺は綾奈の唇を奪った。
俺は綾奈とのキスは大好きだ。好きな人とのキスが嫌いな人なんていない。
だけど、綾奈は俺以上に俺とのキスが好きな女の子だ。
キスを求めるのも、俺より多い。
そんなキス魔の綾奈が高崎の最寄り駅から甘えモードに突入していたとすれば、もう我慢の限界を超えていてもおかしくない。
現に今、綾奈から舌を絡めてきてるし、右手もいつの間にか、俺の腕から俺の後頭部に移動してるし。
まるで俺を決して逃がさないようにして、俺の唇も、舌も、貪り尽くすかのように舌を伸ばしてくる。
明るい性格だけど、普段は大人しい綾奈がこんなにも積極的にキスをするなんて……きっと俺しか知らないことなんだよな。
高崎高校トップクラスの美少女……きっと綾奈に好意を持っている男子は大勢いるはずだ。
その男子たちが絶対に見ることができない……綾奈の隠された一面。
ヤバい……そう考えると、めちゃくちゃゾクゾクしてきた。これ、優越感ってやつなのかな?
俺もとっくにスイッチが入っていて、キスが激しさを増すのに、それほど時間がかからなかった。
「あやな……ん、好きだ……大好きだ」
「わた、しも……はぁ、んっ……だいしゅき……ましゃと……」
キスを始めて数分、俺たちはまだ同じ体勢でキスをしていた。
大丈夫……理性は保てている。
ここで腰を下ろそうものなら、さらにキスに夢中になり、綾奈がお昼後を食べる時間がどんどん遅くなるし、俺の両手も動いてなくてそのままの位置にある。
不意に手を動かして綾奈の胸とか……お腹の下なんか触ってしまったら理性が一気に溶けてしまう。
今だってけっこうせめぎ合ってるから、意地でも手を動かさないようにしないと───
ぐ~!
……なにか、下の方から音が聞こえて、俺たちの舌がピタリと止まり、目を開けた。
今のって、お腹の音……だよな?
でも、俺の腹の虫じゃない。お腹は減ってるけど鳴ってない。
と、いうことは……。
ゆっくりと綾奈から顔を離し、焦点を合わせて綾奈の顔を見ると、顔全体が赤く染っていて、目には涙を浮かべていた。
「ふ……ふえぇ……恥ずかしいよぉ~」
自分のお腹が鳴って、さらに俺が聞いてしまったことにより、綾奈は恥ずかしさに耐えきれなくなってペタンとフローリングに座った。
顔は両手で隠しているが、耳まで真っ赤だ。
「あ、綾奈……!」
聞こえなかった……とは言えないよな。聞いてなかったらキスを止めてないし。
俺もとりあえず綾奈のそばに座った。
「だんなさまに、お腹の音、聞かれちゃって……食いしん坊だと思われちゃう~……ふえぇ~」
「思わない思わない! お昼過ぎてるんだから当然の反応だよ」
「…………ほ、ほんとう?」
綾奈は両手を少しだけ下にずらし、目だけ見せた状態で俺を上目遣いで見てきた。やっばい可愛すぎだ!
「本当だよ。俺だってお腹減ってるしいつ鳴ってもおかしくはなかった。綾奈は走ってるし筋トレもしているから、いっぱいカロリーを消費する身体になったんだからさ」
「うぅ……食いしん坊な私でも……引いたりしない?」
「しないよ。どんな綾奈でも俺は大好きだ。それに食いしん坊ってのは茜みたいなのを言うんだよ」
俺の幼なじみの茜……学食で昼食を取る時はご飯大盛りだし、みんなでケーキ屋に行こうものなら、茜の前には人の三倍の量のケーキがあったり……なんてこともあった。
そんなに食べるのに一番細いとか……茜の身体は不思議だ。
「た、確かに……茜さん、いっぱい食べる」
茜が大食いキャラなのはみんなに周知されている。
「今日はこれくらいにして、お昼食べて来なよ。俺も帰って食べるからさ」
綾奈のお腹の音を聞いたからか、なりを潜めていた俺の空腹感もまた出てきた。
「うん。……でも」
「でも?」
「もうちょっと……ちゅう、したい」
「っ!……い、いいよ」
結局そのあと、十分くらいキスをした。
これ言ったら綾奈は怒るかもだけど、こういうのもまた、俺しか見ることの出来ない一面だから、嬉しかったりするんだよ。
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